トヨタは他社が真似できないことをやっている
危機管理と対処は実はどこの会社でもやっていることだ。そして、どこも特別、変わったことをやるわけではない。
たとえば…。
担当者を決める。会議を開く。情報を収集する。対策を決めて、実行する。
これに尽きる。
どの会社でも、こうした対処で危機を乗り越えてきた。トヨタだって、原則的なやり方は同じだ。
ただし、トヨタは他社がなかなか真似できないことをやっている。たとえば、「社長や幹部に報告書を上げない」のは好例だ。トヨタでは社長や幹部たちは大部屋にやってきて、自ら危機の状況と対処を情報収集する。
社長自らが主導しない限り、こんなことはできない。トヨタは危機を乗り越える際、ちゃんと自分たちの武器を持って戦っている。そして数々の危機を乗り切ってきただけに、武器の種類もまた豊富だ。
この連載ではトヨタの危機管理が他の会社とはどこが違っているのか。特徴を抜き出して、解説する。
「困った」と口に出すだけで思考は停止する
「深刻に考えずに真剣にやろう」
この言葉は社長の豊田章男が三月一九日、自動車工業会の定例会見で述べたものだ。新型コロナ危機に際して、トヨタが社会に向けてリリースした第一声と言える。実際にはこんなことをしゃべっている。
「(新型コロナ危機になった今)我々自身が何をしていかなければいけないか…。
あえて、前向きな言葉を使わせていただければ“改革を一気に進めていく時”と捉えたいと思っております。(略)
『深刻にならずに、真剣に。』『みんなで助け合って、感謝しあう。』
道徳の授業のようですが、このトンネルの先に光を見出すためには、みんなでこれをやっていくしかないと考えております」
深刻ぶって危機に対処すると、いいアイデアが出てこない。「苦しい時には無理やりでも笑え」という言葉があるように、人は「困った」と口に出すと、本当に困ってしまうのである。
「困った」「どうしよう」と口に出すだけで思考は停止する。豊田が語ったように、「深刻にならずに真剣に」打開策を考えることだ。考える時も眦(まなじり)を決し、全身に気合を込めることはない。
池波正太郎の時代小説『闇の狩人』のなかにこんな一節がある。
仕掛人の頭目が「大切な考えはお互い、横になって考えようじゃないか」と自ら畳に横たわり、部下にも手枕になれと促すシーンがある。つまり、リラックスして困難に対処しようという意味だ。
本連載ではプロ野球の選手だったり、映画の登場人物や時代小説の主人公を例に挙げている。偉人や財界人の言葉でなく、彼らを例にしたのは、リラックスして読んでもらいたいからだ。
危機の中で肩ひじ張ってつっぱるより苦笑しながら楽しんでもらいたい。