「債権者が納得する価格」とは
もともと不動産には二つと同じものがないので、妥当な価格を算出するのは簡単なことではありません。周辺で行われた取引事例や路線価、物件の状態などをもとに査定しますが、不動産鑑定士の査定であっても一定の価格差は生じます。
また、債権者が納得する価格はそういった査定額とも異なります。金融機関の担当者がつかんでいる「相場」が不動産の専門家が算定するものと同じとは限らないため、任意売却を成功させるためには彼らの「相場観」を読み解き、大きく乖離しない売却価格を示す必要があるのです。相場観は金融機関によって異なる上、担当者によっても差異があります。そのためケースごとに読み解かねばなりません。担当者の人柄を理解し、発する言葉や表情などをヒントにOKしてくれるであろう売却価格を探るのは経験が求められる作業です。
「妥当と思える売却価格を算定できたが、金融機関に承諾してもらえず、時間切れで競売になってしまった」というケースは珍しくありません。そうなれば債務者にとって生活再建は非常に難しくなってしまいます。売却価格の設定は任意売却を手がける専門家にとって、もっとも力量が問われる業務の一つなのです。
母のマンション…「万が一の備え」が裏目に出た
◆人ではなく「もの」で返済を保証する物上保証とは
押小路さんのケースで問題となったことの一つに物上保証がありました。母親の住んでいるマンションが押小路さんの債務について物上保証の対象となっていたのです。
一般的にお金を借りる際の保証というと連帯保証人が思い浮かびます。債務者がもし返済できなくなった場合にはその人物に代わって同等の返済義務を負うのが連帯保証人です。たとえば3000万円を借り入れた債務者が返済不能に陥ったら、連帯保証人には債務の全額を支払う義務が課されます。
これに対して物上保証は担保物件を提供することにより、債務を保証するものです。前述のケースで物上保証人が自宅を担保に提供していた場合、債務者が返済不能になれば、物上保証人は自宅を競売にかけられるだけですみます。それ以上の債務を背負うことはないので、保証の範囲は最初から限定されています。債務者が十分な担保を提供できないときに融資が受けられるよう、代わって担保を提供してくれるのが物上保証人なのです。
押小路さんのケースでは、700万円の融資に対して金融機関は本人の住む自宅に抵当権を設定するだけでなく、母親が住むマンションにも物上保証として抵当権を設定していました。母親の住むマンションは市場価格にして2500万円以上の価値があったので、そのようにすれば万が一にも債権回収に失敗することはないと考えていたのです。