住宅ローン破綻にいたった家庭の事情は複雑で、さまざまな要素が絡んでいるため、お金の問題だけを解決しようとしてもうまくいきません。本記事では、自宅を担保に700万円を借りたものの、業績が悪化し返済できなくなった飲食店経営者の事例を矢田倫基氏が解説します。

開札1日前に決着。しかし「新たな滞納」が判明…

◆開札1日前に任意売却の契約成立

 

結論からいうと、押小路さんの任意売却はぎりぎりで間に合いました。6月30日が競売の結果を公表し、落札者が決まる開札日でしたが、その1日前の6月29日に売買契約の締結と代金の振り込みが完了し、競売の取り下げがなされたのです。

 

当初は余裕のある行程表を作っていましたが、1日前に滑り込みで契約完了となったのは金融機関の担当者が売却価格に難色を示したためです。

 

買い手になってくれたのは私が普段からお付き合いをしている投資家でした。押小路さんのケースを相談し、住み続けたいと希望していることを伝えたところ、購入を快諾してもらえたのです。物件の価格は市場調査の結果などを参考に査定を行い、580万円と定めました。ところが、それでは安すぎるとして債権者である信用金庫が反対したのです。

 

トラブルが起きた原因は主に、信用金庫が任意売却に不慣れなことにありました。

 

任意売却の経験がもっとも多いのは保証会社です。任意売却は代位弁済後に行われることが多いため、その時点で債務者とやりとりをする保証会社は任意売却について豊富な経験を持っており、物件に関しても「相場観」を有しています。

 

また金融機関の中でも都市銀行は扱う事例が多いため、やはり任意売却の交渉で理に合わない対応をするケースは少なめです。ところが信用金庫は任意売却における交渉の経験が少なく、不動産の相場観もあまりしっかりとは持っていない担当者が多いので、売却価格などの条件について、より詳細な説明を要することがあります。

 

押小路さんのケースも査定書をもとに説明を重ねて、ようやく納得されましたが、想定していた行程より大幅に遅れてしまいました。

 

◆足を引っ張るリスクがあった健康保険料の滞納

 

タイムリミットを見据えながら任意売却を進める中で、意外な落とし穴になりかけたのが健康保険料の滞納でした。押小路さんは3年以上も健康保険料を支払っておらず、滞納額は130万円にのぼりました。役所からは督促の通知が届いていましたが、信用金庫への返済を優先するため、無視していたのです。

「絶対に納付すると約束してきてください」

固定資産税などの税金とは違い、健康保険料の場合には延滞したからといって即差押えを打たれることはありません。ただし督促を無視し続けていると、それを理由に財産を差押えられてしまうことがあります。差押えを解除するには滞納している健康保険料の全額納付が必要です。押小路さんには支払いに充てられる資金がなく時間の余裕もないので、差押えによって任意売却の計画が崩れてしまうことが考えられました。

 

「役所に足を運んで、滞納している健康保険料は分割で納付すると約束してきてください」。私は押小路さんにそうアドバイスしました。支払う姿勢を見せるだけで差押えは回避できるので、なにはともあれ督促を無視しないことがもっとも大切なのです。

 

◆成年後見人の仕事は財産管理と身上監護

 

社会全体の高齢化に伴い、認知症を抱える人が急増しています。認知症はアルツハイマー病などにより脳の機能が衰え、記憶力や判断能力に障害が現れた状態です。東京都福祉保健局が2016年に行った調査によると、都内に在住する高齢者(65歳以上)のうち何らかの認知症状を示す人は13.8%にのぼっています。高齢者の7人に1人以上が認知症を抱えていることになり、最近では任意売却を行う際に大きな妨げになるケースがしばしば見られます。

 

認知症になると記憶力や時間・場所等の見当識が損なわれるほか、ものごとを論理的に考える能力も衰えてしまいます。症状の程度にもよりますが、自身にとってのメリット・デメリットなどを把握して判断を下すことが難しい場合には、不動産の売却について正しく理解して判断する能力──意思能力がないものと見なされます。意思能力がない人は契約などの法律行為ができないため、自身が所有する不動産の任意売却も不可能です。

 

押小路さんのケースは典型的な例ですが、そのような場合には本人に代わってさまざまな手続きなどを行うために成年後見人を立てることが必要となります。

 

成年後見人とは、何らかの障害により判断能力が不十分な状態となっている人が不利益を被らないよう支援する役割を担う人のことです。成年後見人を立てるときには家庭裁判所に申し立てを行う必要があります。申し立てを行えるのは本人の他、配偶者や四親等以内の親族、市町村長などに限られます。

 

申し立てを受けて家庭裁判所が審査を行い、申立時に候補者があげられている場合には、その人が適格であるかどうかを判断します。成年後見人には「欠格事由(成年後見人になれない条件)」がもうけられていますが、その条件にあたらない人なら誰でも候補になることができます。

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著者 矢田 倫基   監修 矢田 明日香

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