2025年には、65歳以上の人口が国民全体の30%になることが見込まれています。それに加えて、日本社会では後期高齢者の人口増加が最大の課題になっています。高齢者とその家族が、「希望の最期」を迎えるためには、知識を身に付け、トラブルへの対策を考えておく必要があります。本記事では、「在宅死」を望む患者と、その家族に起こったトラブルについて、事例をもとに解説していきます。

Case2:妻の希望は在宅死。夫の取った行動は…

実際問題として、自宅での看取りの方針を決めていた家族でも、いよいよというときになって自宅か病院かで迷うことは少なくないものです。

 

以前にも、末期がんの妻を夫が介護しているご夫婦がいました。妻の希望は在宅死で、夫もそれを受け入れていましたが、妻が意識を失っていよいよというときに、夫が救急車を呼んだケースがありました。

 

結局、奥さんはやはり搬送先で間もなく亡くなったのですが、死後にご主人と話をして、なぜ救急車を呼んだのかを尋ねたら「もう一度、もち直すかもしれないと思った」と素直な思いを教えてくれました。

 

そのように家族が一縷の望みをかけて救急車を呼ぶというのは、ある程度はやむを得ないと思います。亡くなっていく本人に苦痛がなく、家族も納得したうえであれば、それはそれでもいいと思います。

 

しかし、Yさんの事例のように親御さんの思いを受け止めて、近くで寄り添ってきた人の思いが最後に踏みにじられ、死後に後悔だけが残るような状況は、本当にしのびないと感じます。

 

また、心身の弱った高齢者を救急搬送すると、一命はとりとめても意識がないまま管につながれて生かされる─というリスクにもなることを知っておいてほしいと思います。

混乱をむやみに大きくする「遠い親類」の思惑は…

人生の終わりが迫った段階で、突如として親族が現れて終末期医療や看取りの方針を混乱させることは、「遠い親戚」問題として医療・介護現場でよく知られています。

 

これは終末期医療に家族の意向が大きく影響する日本的な現象のように思えますが、個人主義が徹底しているイメージのアメリカでも「カリフォルニアから来た娘症候群」という同じような事例が報告されています。

 

高齢者の近くで介護をしてきた人は、本人の様子を間近に見て、闘病や介護の苦労をともにするなかで次第に「十分に頑張った、あとは好きなように過ごさせてあげたい」「穏やかに見送りたい」という気持ちになることが多いものです。

 

けれども、遠方にいる親族はそれまでの経過を知らないため、「病院へ行けばまだ何かできるはず」という思考になりやすく、そこで家族間の葛藤が起こります。

 

これは私の想像ですが、Yさんの長男のようにそれまで介護に関わってこなかった親族には、心のどこかに後ろめたさがあるのかもしれません。だから「最後くらい、せめて何かをしてあげたい」という気持ちから、救急搬送や濃厚な治療を望むような気もします。

 

要するに遠い親族も含め、誰も悪意があるわけではないのですが、結果的には終末期や看取り時の混乱により、本人や周囲が苦しむことになります。

 

 

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続・死ねない老人

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杉浦 敏之

幻冬舎メディアコンサルティング

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