2025年には、65歳以上の人口が国民全体の30%になることが見込まれています。それに加えて、日本社会では後期高齢者の人口増加が最大の課題になっています。見送る家族が高齢者と共に最高の最期を迎えるためにおこなうべきことはどのようなことなのでしょうか。今回は、在宅医療について、実例をもとに解説していきます。

case2:「在宅死」で、警察と主治医がひと悶着

こうしたたび重なる救急車要請によって、医療現場が混乱に陥るケースは少なくありません。私自身も救急車を呼ばれて困った経験は何度もありますが、一つ最近の例を挙げるとすれば、Fさんのケースがあります。

 

60代の男性Fさんは当時、在宅療養を始めて1年が過ぎた頃でした。

 

当初、Fさんと奥さんは夫婦でともにがん闘病をされており、病院でつらい治療を受けるより、家で好きなお酒を飲んだり、自然に過ごして亡くなりたいという希望で、在宅療養をスタートしました。半年前には奥さんを在宅で見送り、その後は夫婦で住んでいたマンションで、Fさんは一人暮らしを続けていました。

 

一人になってからのFさんはしばらく当院の外来に通っていましたが、次第に体調が悪化。だんだん立つのも辛い状態になり、在宅医療に切り替えたばかりでした。

 

そして定期訪問診療を予定していた水曜日。

 

私は約束の時間に看護師を伴ってFさん宅を訪問。玄関でインターホンを押しましたが、しばらく待っても応答がありません。私は内心「嫌な予感がするな」と思いながら、マンションの管理人に連絡。すると管理人は居住者の鍵は持たない決まりで、親族を呼ばなければならないと話し、近くに住んでいるFさんの妹に電話をしました。

 

少しして駆けつけてきた妹さんに鍵を開けてもらい、私たちが中へ入ると、風呂場の浴槽の中で水に沈んだ状態のFさんを発見しました。

 

Fさんの気の毒な姿に一瞬息をのみましたが、そこで嘆いている時間はありません。まずFさんを浴槽から運び出さなければならないため、急いで浴槽の水を抜き、私と看護師、妹さんの三人で重いご遺体を持ち出せるかどうか…と思案していると、ふと振り向くと救急隊員が立っています。

 

私が驚いて「なんで救急隊がいるの?」と思わず聞くと、救急隊員の後ろにいたマンションの管理人が「私が呼びました」と震える声を振り絞っています。がっしりした体格の救急隊員がその場にいるので、とりあえずFさんを運び出すのを手伝ってもらいましたが、問題はそのあとです。

 

救急隊員は心肺停止を確認して、すぐに警察に連絡。救急隊と入れ替わりで到着した警察官が検視を始めようとします。私が「この人はがん終末期の患者さんであり、入浴中にがん組織から出血したのが死因。主治医がここにいて病死と言っているのだから、検視は不要」と強く反論しましたが、警察官も「私たちも任務ですから」と言ってなかなか譲りません。

 

救急隊と入れ替わりで警察も到着した。 (画像はイメージです/PIXTA)
救急隊と入れ替わりで警察も到着した。
(画像はイメージです/PIXTA)

 

しばらく私と警察ですったもんだをしたあとに、私が死亡確認をしたという一筆を書いて持たせることで、ようやく警察官は帰っていきました。

 

警察が引き上げてから、私はマンションの管理人に対して「医師がいるのになんで救急車を呼ぶんですか」と聞いたら、管理人は「居住者に何かあったときは、救急車を呼ぶのがマニュアルなので…」と繰り返すばかりでした。

 

続・死ねない老人

続・死ねない老人

杉浦 敏之

幻冬舎メディアコンサルティング

どんな人でも懸命に生きたその先に、必ず死を迎える。 大切な人生の終わりを“つらい最期"にしないために何ができるのか――。 「死」を取り巻く日本の今を取り上げつつ、 自分の最期をどのように考え、誰にどう意思表示…

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