Appleのスティーブ・ジョブズが、文字のアートであるカリグラフィーをプロダクトに活かしていたことは有名だ。マーク・ザッカーバーグがCEOをつとめるFacebook本社オフィスはウォールアートで埋め尽くされている。こうしたシリコンバレーのイノベーターたちがアートをたしなんでいたことから、アートとビジネスの関係性はますます注目されているが、実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っているという。ビジネスマンは現代アートとどう向き合っていけばいいのかを明らかにする。本連載は練馬区美術館の館長・秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

望むものを顧客本人より早くつかむのが仕事

自分の内側から湧き上がるものに向き合う

 

デザイナーは自分の外側にある課題に向き合う、それに対し、アーティストは自分の内側から湧き上がるものに向き合っています。そこにフレーム(型)はありません。アートというのは過去のフレームを破壊した上で、新たなフレームをつくり出し、時代やパラダイムを進めていく作業といえるでしょう。

新たなフレームをつくるときに、マーケティングは役には立ちません。なぜならアートは、市場ではなく常に自分自身の中にあるためです。ただし、アーティストの中から表れるものも、正確にいえば、世界のどこかにあるものが「アーティストを通して」出てくるものです。このようにアーティストは、情報媒体、つまり一種のメディアでもあるのです。

 

ビジネスの世界でも、破壊的イノベーションは、マーケティングからではなく「それをやってみたい」「やらずにはいられない」と考える人の内側にある衝動から生まれてくるのではないでしょうか。

 

アップルの元副社長(マーケティング担当)として、2005年から2011年までスティーブ・ジョブズとともに働いていたアリソン・ジョンソンによれば、ジョブズは「マーケティング」という言葉を嫌い、次のように述べたといいます。

 

「顧客が望むモノを提供しろという人もいる。だが、私の考えは違う。顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが我々の仕事なんだ」

 

炭鉱のカナリアのようにジョブズも、鋭い嗅覚で「次の時代のニーズ」をかぎ分けていました。「内なる声を聞け」。ジョブズがそうスピーチしたのは有名ですが、彼もまた自らの衝動に突き動かされていた。重要なのは、いかにして内なる声を聞くことができるかでしょう。

 

ジョブズは、禅に傾倒していたことでも知られています。禅こそ、現代アートの思想傾向でお話しした哲学的な視点と日常的な視点を同時に持つ宗教です。

 

多くの宗教が「大きな思想」にのみ注意を向ける傾向があるのに対して、禅は「大きな思想」と「小さな日常」のギャップを埋め、両者の両立を目指して日々の修行=生活を送る実践の宗教です。一つのドグマ(教義)にとらわれずに、いかに高い次元の生活ができるか、固定化された教義よりも生き方を問います。

 

米西海岸の知識人が戦後に探求した東洋哲学をベースにした精神文化に影響を受けたジョブズは、禅に興味を持ち、そこから「経験」と「直感」を大事にする姿勢を学びました。ジョブズが手掛けた革新的なプロダクトは、禅の思想の影響を非常に受けているといわれています。また、ジェームズ・タレルや杉本博司は、西海岸の精神文化に影響を受けたアーティストたちです。

 

秋元 雄史
東京藝術大学大学美術館長・教授

 

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世界の美術界においては、現代アートこそがメインストリームとなっている。グローバルに活躍するビジネスエリートに欠かせない教養と考えられている。 現代アートが提起する問題や描く世界観が、ビジネスエリートに求められ…

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