灘高→東大理Ⅲ→東大医学部卒。それは、日本の偏差値トップの子どもだけが許された、誰もがうらやむ超・エリートコースである。しかし、東大医学部卒の医師が、名医や素晴らしい研究者となり、成功した人生を歩むとは限らないのも事実。自らが灘高、東大医学部卒業した精神科医の和田秀樹氏と、医療問題を抉り続ける気鋭の医療ジャーナリストの鳥集徹氏が「東大医学部」について語る。本連載は和田秀樹・鳥集徹著『東大医学部』(ブックマン社)から一部を抜粋し、再編集したものです。

空気ばかり読んでいると、平凡な研究者になる理由

「エビデンス至上主義」という病

 

鳥集 東大医学部に限って言えば、臨床と研究が中途半端になっているきらいはないでしょうか。医学部では「よき臨床医」の育成が目的となっていますが、東大や京大に対しては、やっぱりノーベル賞級の研究をしてほしいという社会の目もあるわけで、求めるものがどっちつかずになってしまう。

 

もし東大医学部からノーベル賞を出すとしたら、面白い発想ができる環境を作る必要があると思いますが、和田さんの考える、「若き研究者における面白い発想の伸ばし方」とはどのようなものだと考えますか?

 

和田 まずは、エビデンス至上主義にとらわれないことではないでしょうか。検証しやすい仮説を立てて動物実験や臨床試験をして、統計的に有意差のあるデータを残した論文をたくさん書くことがよしとされる空気を、あえて読まずにやりたい研究をすること。空気ばかり読んでいると、平凡な研究者になってしまいます。

 

残念ながら、エビデンス至上主義というのはトレンディではあるけれど、世の中は変えていかないですね。もちろん、エビデンスなしに当てずっぽうで治療をせよと言っているわけではありませんよ。

 

それに、やりたい研究をする環境を見つけるためにはまず、自分が本当に尊敬できる教授についていくことも大切です。それで思い出すのは、東大医学部の同級生だった古川壽亮*氏のことです。私が人間的精神医学の研鑽を積みたいと思ったとき、赤レンガ派を熱心に勧めてくれたのが彼でした。

 

だから、彼も一緒に赤レンガ派に入るものと思っていたのですが、あっさり裏切って、名古屋市立大学の木村敏*氏の教室の研修医になったのです。彼は東大医学部にいながら、一番尊敬できる先生は木村敏氏だと言うのを憚からず、熱心に木村氏の著書を読んでいました。

 

◆古川壽亮
ふるかわとしあき。1985年東京大学医学部卒。精神科医。99年より名古屋市立大学医学部教授。2010年から京都大学大学院医学研究科健康増進・行動学分野の教授。スマートフォン治療アプリを開発するなど、うつ病治療のフロントランナーとして活躍している。

◆木村敏
きむらびん。1955年京都大学医学部卒。医学博士、精神病理学者。ミュンヘン大学神経科・精神科およびハイデルベルク大学精神科に留学後、69年より名古屋市立大学医学部教授。86年京都大学医学部教授、92年から日本精神病理学会理事長。94年京都大学を定年退官し名誉教授。河合文化教育研究所所長。

 

鳥集 東大病院を捨てて名古屋市立大学医学部に行くというのはかなり珍しいケースですね。それほど、木村敏氏に影響力があったということでしょうか。

 

和田 古川氏は優秀だったので、木村先生からの覚えもめでたく、40代で名古屋市立大の臨床の教授になって、50代でやめて、今度は京大の医学研究科の教授になりました。現在は、抗うつ剤などの向精神薬のエビデンスを集め、網羅的に比較するという研究を行っています。製薬会社に踊らされることなく、正しく薬の研究を行っている古川氏は、昔も今もずっと尊敬できる同級生です。

 

彼の場合、早々と東大医学部を棄てて、本当に尊敬していた木村先生のところで学んだことが大きく影響しています。東大医学部にいたら、今のような研究はできなかったはずです。

 

鳥集 もし和田さんが今、医学生だったとしたら、どこの教授のもとに行きたいですか?

 

和田 うーん……すぐには思い浮かびません。東大医学部にはいないかなあ。少なくとも、精神科には一人もいません。

 

鳥集 私も学生の頃、木村敏氏や中井久夫*氏の本をよく読みました。文系の人たちにも、とても刺激的で面白い論考を書かれていたからです。この両氏のように、重厚な文化論や哲学を語れる医学部教授は、今は少ないように思います。

 

◆中井久夫
なかいひさお。1959年京都大学医学部卒。51年に法学部に入学するも結核で休学、55年医学部に転向。精神科医。統合失調症の権威。75年名古屋市立大学助教授、80年から神戸大教授。95年の阪神淡路大震災の際、いちはやく被災者のこころのケアの必要性を提唱。97年退官。兵庫県こころのケアセンター初代所長。PTSD(心的外傷後ストレス障害)治療にも取り組む。

 

和田秀樹
和田秀樹こころと体のクリニック院長 精神科医

 

鳥集徹著
ジャーナリスト

 

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東大医学部

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和田 秀樹 鳥集 徹

ブックマン社

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