Appleのスティーブ・ジョブズが、文字のアートであるカリグラフィーをプロダクトに活かしていたことは有名だ。マーク・ザッカーバーグがCEOをつとめるFacebook本社オフィスはウォールアートで埋め尽くされている。こうしたシリコンバレーのイノベーターたちがアートをたしなんでいたことから、アートとビジネスの関係性はますます注目されているが、実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っているという。ビジネスマンは現代アートとどう向き合っていけばいいのかを明らかにする。本連載は練馬区美術館の館長・秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

自分の判断を謝られているのは先入観と固定観念

先入観や固定観念を壊す

 

人間というのは、同じ思考で同じ行為を繰り返す生き物です。また、そうすることでどんどん思考が固まってしまう傾向を持っています。そうした固定観念による同じことの繰り返しをやめるには、頭の中で凝り固まった常識をいったん壊してみることが必要です。

 

秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)
秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)

あなたが「当たり前」と思っていることを1度、あえて壊してみて、意味を問い直すことといってもよいかもしれません。現代アートでは、そうした体験も可能です。

 

直島の「家プロジェクト」のひとつで、安藤忠雄設計による建築物に南寺と呼ばれるものがあります。その内部に、ジェームズ・タレルがつくった、インスタレーション作品“バックサイド・オブ・ザ・ムーン”があり、それもそのような作品のひとつです。

 

この建物に足を踏み入れた観客は、真っ暗な空間で壁を伝って進み、その先にあるベンチに腰掛け、そのまま10分、20分と一切、光の届かない暗闇にたたずみます。すると暗闇の中に、ぼんやりとした大きな長方形が見えてくるような気がしてきます。いや、もしかすると、それは気のせいかもしれません。いや、やっぱり見えた。いや、そうではなかった。そんなことを繰り返しているうちに、やがてはっきりと光が見えるようになり、闇に閉じ込められていた観客は、光に解放されます。

 

照明が変化したのではありません。最初から微かな光は存在していたのですが、明るい屋外から部屋に入った観客は、瞳孔が閉まっていて、それに気づくことができない。しかしながら、目が闇に慣れるにつれ、徐々に瞳孔が開いてきて、光と闇のコントラストに気づくという仕掛けです。これを1度体験した人は、誰もが日常、当たり前に感じている光を、不思議な存在として捉え直すことができます。どんなにかすかな光でも、闇とはまったくの別次元の存在であることを改めて理解するのです。

 

光が存在することとはなんと安心感のあることか。それは私たちが世界を感じ、その中に存在していると認識できることに対する安心感です。また普段は真っ暗な夜の闇にも、光が満ちていることを実感するでしょう。あるとき、南寺での修理作業を終えて外に出ると夜になっていました。空は闇であるどころか、満天に星が瞬いていたのです。自然の世界には夜であってもどこかに光があり、真の闇などないことを改めて実感するのです。

 

私たちはタレルの作品を通じて光を体験したのです。それは物を照らし出す反射光を単に眺めたのとは異なり、光に包まれ、光の中にいることを知ったのです。

 

現代アートには、このように普段、私たちが当たり前と感じていることを破壊する作品が他にも多く存在します。

 

私たちの判断を誤らせている要因の多くは、先入観と固定観念です。しかし、タレルのような作品に触れると、頭の中にこびりついた先入観や固定観念を壊してくれるのです。

 

秋元 雄史
東京藝術大学大学美術館長・教授

 

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アート思考

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秋元 雄史

プレジデント社

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