病院経営者の悩みは増える一方です。収益力低下、厳しさを増す人材不足・採用難、経営者自身の高齢化、後継不在…。そんななか、これらを解決する有効手段として「病院M&A」が注目されています。病院M&Aを検討するには医療法人に関する知識が必須。医療法人には様々な種類がありますが、ここでは一般的なタイプである「持分あり医療法人」と「持分なし医療法人」を解説します。※本連載は、矢野好臣氏、余語光氏の共著『病院M&A』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

「持分あり医療法人は得」「持分なしは損」という誤解

前回の記事『「病院M&A」必須知識…医療法人の株主=「社員」が持つ権利』(関連記事参照)では、「持分あり医療法人」と「持分なし医療法人」の財産権の違いを解説しました。

 

持分ありの場合、出資者である「社員」は、出資額に応じて、医療法人に対して払戻しまたは残余財産の分配を主張することができます。

 

一方、持分なしの場合、拠出者への財産の払戻しがないので、医療法人の利益は、医療法人の純資産として貯まっていく一方です。貯まっていった資産が、最終的にはどうなるかというと、医療法人が解散などする場合には、国庫に納められることになります。
 

以上の話で、「医療法人がもつ財産に対して財産権を主張できるなら、持分あり医療法人のほうが“得”みたいだな」「持分なし医療法人では、資産を貯めても最終的に国に取られるのなら“損”だ」と考えるかもしれません。ところが一概にそうともいえません。その理由として、まず、払戻請求権は、実際に行使して現金化することが難しいという点があります。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

理事長が出資持分の払戻しを受けるためには、社員を辞める、つまり現実的には病院を辞めるしかありません。しかし、辞めるのであれば、持分なし医療法人であっても、退職金を好きなだけもらえばいいだけです。税務上の問題はいったん脇においておくとすれば、退職金でもらおうが、持分払戻しでもらおうが、医療法人から理事長に流れる金額は同じということです。

 

「出資持分があれば、退職金にプラスして持分の払戻しも受けられるから、得だろう」と思うかもしれませんが、それは非現実的です。

 

そもそも、計算上の出資持分評価と、それを実際に払戻せるかどうかは、別問題です。仮に先の持分あり医療法人の計算例で、Aが一人で100%(1億円)の出資をしていたとします。その場合に、Aの退職時に医療法人の純資産のすべてである20億円を払戻せるかといえば、そんなことをしたら医療法人はすぐにつぶれてしまうので、できないに決まっています。つまり評価額はあくまで計算上のものであり、実際に動かせるキャッシュとは別だということです。

 

もし、医療法人が実際に支払える金額が5億円だとすれば、そのすべてを出資持分の払戻しとして受け取ったとしても、退職金として受け取ったとしても同じだ、ということです。

 

さらに、課税面もあわせて考えると、出資持分の払戻し金額のうち、出資額以上の部分は配当所得で総合課税とされるため、高額所得者の場合はかなり税率が高くなります。一方、退職所得への課税は、税務上非常に優遇されているため、一般的には退職金で受け取るほうが有利な場合が多くなります(ただし状況によります)。

 

いずれにしても、財産権としての出資持分が保証されているほうが”得”で、持分なし医療法人は”損”だというのは、ほとんどの場合誤解なのです。

 

経営に不安要素が…「持分あり医療法人」特有の問題

持分あり医療法人は、2007年4月以降設立できなくなり、持分なし医療法人に一本化されました。その背景には、持分あり医療法人には、医療法人経営を不安定化させる要素が多いという問題がありました。その一つが、すでに述べた出資持分の払戻しの問題と、相続税の問題です。

 

たとえば、先のAが100%出資している例で、Aが事故で死亡して相続が発生したとします。出資持分は相続財産になります。Aの相続人は、20億円の財産を相続することになり、多額の相続税の支払いが発生します。ところが、出資持分自体は現金ではないので、それで相続税は支払えません。そこで、Aの相続人は医療法人に対して、20億円の払戻しを請求するでしょう。

 

医療法人はたいへん困ることになります。20億円全部とはいわなくても、一度に想定外の多額のキャッシュアウトが生じれば、医療法人の財務体質は大幅に悪化し、経営の根幹に関わります。

 

これは極端な例で、実際にはそういう事態を緩和する対策方法もあるわけですが、原則的には評価額の高い出資持分があることは、医療法人から見ると、いつ爆発するか分からない時限爆弾を抱えているようなものなのです。

 

一方、持分なし医療法人では、これらの問題は発生しません。だからこそ、国としても医療法人の長期的な経営安定化のために、新設可能な医療法人を持分なし医療法人に一本化したという面があるのです。

 

「持分なし医療法人への移行認定」はいつ取るべき?

国は、経過措置型医療法人についても、持分なし医療法人への移行を促していますが、先に書いたように、現状でもまだ70%以上が経過措置型医療法人のままであり、移行が進んでいるとはいえません。

 

その大きな理由として、持分なし医療法人に移行するために出資者が持分を放棄した場合、ほかの出資者や医療法人に放棄分の財産贈与があったと見なされて、贈与税が課されるという問題がありました。これに対応するため、一定の条件をクリアした医療機関を「認定医療機関」として、贈与税の非課税措置、相続税の納税猶予措置などを講じるのが、「持分なし医療法人への移行計画の認定制度」です。

 

当初、2014年10月から3年間の認定期間が設けられましたが、認定条件が厳しかったことなどから利用が進まず、要件を緩和した新制度が2023年9月まで実施されることが決定しました。

 

いずれにしても、経過措置型医療法人が将来的に移行を考えるのであれば、優遇税制があるこの期間に認定を取って移行するというのは、一つの考え方です。ただし、M&Aという観点からすると、認定後、6年間の認定要件報告期間は、さまざまな縛りがあるため、譲受側からするとその部分がややマイナスに見られやすいという問題があります。

 

 

余語 光

名南M&A株式会社 事業戦略本部 医療支援部 部長

認定登録医業経営コンサルタント登録番号7795号/医療経営士

 

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