今、病院経営について悩みや不安を感じていない病院経営者の方は、ほとんどいないでしょう。地域医療構想など医療行政の長期的変化、診療報酬改定、医療技術の高度化への対応、足元での収益力低下、厳しさを増す人材不足・採用難、経営者自身の高齢化、そして、後継不在。これらの経営課題を解決する選択肢として、今後「病院のM&A」の急増が予想されます。ここでは現状もっとも譲渡需要が高い「持分あり医療法人」に着目し、M&Aスキームを解説します。

基本のスキームは「出資持分譲渡+経営陣交代」

医療機関のM&Aは、医療法人であるか否か、また医療法人の場合、出資持分がありかなしかによって、スキーム(M&A実行の枠組み)が異なります。ここでは、現状で最も多い、持分あり医療法人の基本M&Aスキームを解説します。

 

なお、持分あり医療法人のM&Aが多いのは、その医療法人の数自体が多いことと、古くからある医療法人はほぼすべてこの類型であるためです。2007年4月の制度改定以降に設立された持分なし医療法人は比較的新しいため、譲渡側として登場してくるケースはまださほど多くありません。今後、時間の経過につれて増えていくものと思われます。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

譲渡対価は「出資持分譲渡対価+退職金」が一般的

出資者=理事長の場合、持分あり医療法人のM&Aは、出資者(理事長)が、財産権としての出資持分を譲受側に譲渡し、譲渡対価として金銭を受け取ります。なお通常、理事長は退任することになるので、あわせて医療法人から退職金を受け取ります。

 

この「出資持分譲渡対価+退職金」がM&Aの譲渡価額であり、理事長が受け取る対価ということになります。M&Aの交渉過程で医療法人の譲渡価額を決定する際には、医療法人の価値を算定し、そこに譲渡側、譲受側の個別事情を反映して金額を決定します。そして、算出された譲渡価額のうち、いくらを出資持分譲渡対価として受け取り、いくらを退職金として受け取るのかを決めます。

 

出資持分の譲渡対価と退職金が、それぞれ別々の観点から決められて合算されるわけではないという点に注意してください。譲渡価額総額がまず試算され、それを出資持分譲渡対価と退職金といういわば“2つの窓口”に割り振って2ヵ所から受け取るイメージです。

 

その配分の割合は、医療法人の財務内容や理事長の在職年数、そのほかタックスプランニングの観点などから綿密に検討して決定されます。譲渡側・譲受側双方合意する割合に設定されるでしょう。

 

医療法人の出資者が複数いる場合は、個別の出資者ごとにこの取引を行う場合もありますが、事前に理事長がほかの出資者から出資持分を買い取っておいて100%の出資持分を保有して、まとめて取引するほうが一般的です。

 

なお、一般的に、のちのトラブルを防ぐために出資持分は100%譲渡が原則です。90%だけ譲渡して10%は旧出資者がもっておくといったことは、通常ありません。

社員、役員も「総入れ替え」が必要

株式会社の株式と異なり、医療法人の出資持分は経営権とは切り離されています。出資者であることによって経営上の意思決定に関与する(社員総会で議決する)ことはできません。

 

そこで、譲受側が経営権を掌握するために、社員と役員を全員入れ替えます。こうして出資持分の所有権を移転し、社員、役員の交代が完了すれば、経営権の移転は完了です。

 

注意点が多い…一部だけをM&Aする「事業譲渡」

医療法人が複数の事業を運営していることはよくあります。複数の病院、診療所を運営していたり、老健(介護老人保健施設)などの高齢者施設を運営していたり、保育所などの児童施設を附帯業務として運営している医療法人もあります。

 

そういった医療法人が一部の病院、一部の事業だけをM&Aしたい場合は、「事業譲渡」というスキームが用いられます。

 

ただし、病床は当然として、それ以外の施設や事業も行政による総量規制の対象となっている場合があり、新規開設には許認可が必要なものです。そのため、勝手に譲渡して開設者を変えることはできません。

 

また、注意すべき点がいくつもあります。まず、事業譲渡においては、譲渡した事業における医療法人の契約や権利義務関係が、自動的に承継されないことに注意が必要です。

 

たとえば、従業員との雇用関係は引き継がれませんから、一度退職して、譲受側が再雇用するというプロセスが必要になります。医療機器のリースなどの取引契約、金融機関からの借入など、その事業に関連するすべての契約の再締結が必要になります。

 

さらに、運営主体が変わることによって、譲渡前に受けていた施設建物の認定を取り消されたり、補助金の返還を求められたりする可能性があることにも注意しなければなりません。

 

このように、事業譲渡は非常に注意が必要な手続であり、M&Aに必要な時間も「出資持分譲渡+経営陣交代」のスキームに比べて長くなることが普通です。

事業譲渡と「組織再編(合併、分割)」の違い

「合併」は2つの医療法人が1つになることで、一方の医療法人がもう一方の医療法人を取り込む吸収合併と、2つの医療法人が解散して、新しい医療法人を作って1つになる新設合併とがあります。実際には吸収合併のケースがほとんどでしょう。

 

医療法人の合併は事業譲渡と同様に行政の許可が必要です。やはり事業譲渡と同様に、時間はかかります。

 

なお、事業譲渡と異なり、契約関係は包括承継として引き継がれるため、個別に契約をまき直す必要はありません。

 

一方、分割は1つの医療法人を2つに分けることです。事業譲渡と似ていますが、法人の権利義務関係が包括承継となるため、たとえば従業員の雇用契約がそのまま引き継げるという違いがあります。合併と同様、分割にも吸収分割と新設分割の2種類があります。

 

ただし、分割ができるのは持分なし医療法人に限られています。また、分割は2016年から可能になった比較的新しい制度のため、まだ実施事例は多くありません。

 

 

余語 光

名南M&A株式会社 事業戦略本部 医療支援部 部長

認定登録医業経営コンサルタント登録番号7795号/医療経営士

 

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※本連載は、矢野好臣氏、余語光氏の共著『病院M&A』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

医師・看護師を守り地域医療を存続させる病院M&A

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余語 光

幻冬舎メディアコンサルティング

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