職務主義の人材マネジメントが世界標準になったワケ
資本主義におけるビジネスの枠組みの多くが、米国の商慣習由来でグローバルスタンダード化されていることに根本的な異論はないと思います。多くの国々で職務主義の人材マネジメントまたはジョブ型雇用が主流になっているのも実例の一つです。
では米国企業が職務主義の人材マネジメントを行っているのはなぜでしょうか。筆者はそのルーツが、実はキリスト教にあると考えています。定年延長と直接的な関係はありませんが、人事に携わる方であれば知っておいてほしいので、本記事で簡単に紹介します。いきなり宗教の話が出てきますが、身構えずに気楽にお付き合いください。
きっかけは、15世紀の活版印刷技術の発明まで遡ります。現在のドイツにあたるマインツ出身のヨハネス・グーテンベルクによる発明です。この技術により、キリスト教の聖典である聖書の大量印刷が可能となりました。それまで教会と一部の富裕層だけが保有していた聖書が、庶民の手に届きやすくなったのです。
さらに、同じく現在のドイツにあたる地方で起きたのが、マルティン・ルターによる宗教改革です。ルターは聖書中心主義を提唱し、1522年にルター聖書を発刊。免罪符の発行・販売によって私腹を肥やしていた当時のローマ教会に異を唱えました。「異を唱える」=英語で言う「プロテスト」であり、これがプロテスタントと呼ばれるキリスト教派の語源です。活版印刷技術の発明なくして、ルター聖書の発刊はありませんでした。
その後、宗教改革者のジャン・カルヴァンが唱えたのが「予定説」であり、その後の資本主義発展のベースになったと言われています。その理由を以下にまとめます。
<「予定説」が資本主義のベースと言われる理由>
●神によってヒトが救済されるか否かは予め決まっている
●事業に励み、成功して利潤が得られるのは、神に認められている証拠であり、そのことによって自分が救済されるであろうと実感できる
●一方で、聖書では地上での富の蓄積が禁じられている
●従って、成功して得た利潤を貯めこむことなく、新たな事業に投資し、更なる成功を模索しなければならない
資本主義に関するこの考え方は、ドイツの社会学者であるマックス・ヴェーバーが1904〜5年に発表した『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』にも表れています。グローバル人材にとって必読の書籍の一つですので、未読であれば、是非手に取ってみてください。
そして、プロテスタントを中心とするキリスト教の考え方は、英国のピューリタン(プロテスタントの一派)であるピルグリム・ファーザーズの新大陸移住を皮切りに、欧州からのプロテスタント移民によって北米に浸透していきました。その子孫はWASP(ホワイト・アングロ‐サクソン・プロテスタントの略)と呼ばれ、その後の米国発展の中心となります。
ここまで、プロテスタントが米国へ広がっていった経緯をざっくりと簡単に紹介しました。プロテスタントでは聖書のみが神の啓示とされています。ご存知の通り、聖書には旧約聖書と新約聖書があります。誤解している方が少なくないのですが、旧約・新約の「約」は、翻訳の「訳」ではなく、契約の「約」です。つまり、聖書は神と人間との契約であり、何があっても守らなければならない約束なのです。
聖書で結んだ神との契約は、当然、ビジネスにおいても守る必要があります。天地創造・終末思想・最後の審判・隣人愛などの聖書にある教えは、米国の企業経営に大きな影響を及ぼしました。その一つが契約主義です。ビジネスのあり方について、目的・目標・コスト・進め方・スケジュール・付帯事項などを詳細に文書化し、関係組織・関係者間で事前合意すべしという考え方です。
契約主義は雇用においても徹底されました。雇用が必要な個々のポジションについて、その職務内容を詳細に文書化することが当たり前とされたのです。具体的には、職務の役割・責任・権限および職務遂行に必要な知識・能力や経験などを明確にすることが一般的となり、これがジョブディスクリプション(職務記述書)と呼ばれるようになりました。
このジョブディスクリプションに基づいて職務価値が算定され、職務価値の大きさに応じて賃金などの処遇が決定されます。従って、人材よりも先にポジションありきであり、そのポジションを担える人材と個別の労働契約を結ぶことこそが雇用なのです。人材を採用した後で配属する部署を決めるといったことは想定されておらず、そこに個人の年齢や家族構成などが入り込む余地はありません。
少し話が長くなりました。以上が、キリスト教、特にプロテスタントが米国企業の商慣習に影響を与え、職務主義の人材マネジメントがグローバルスタンダードとして広がっていった理由と考えられます。
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