加齢の影響大…矯正器具が効かない「動体視力」の低下
【1. 視力】
まずは視力についてです。視力を測る検査項目として主なものに静止視力と動体視力の二種類があります。
静止視力は、文字通り静止している視標に基づいて測定する視力です。一般的な健康診断でCに似た記号(正式な呼称は「ランドルト環」)の上下左右いずれかの切れ目を指摘するあの検査です。
図表1をご覧ください。多くの方が実感している通り、静止視力はある程度、加齢による影響を受けます。ただし、静止視力の低下は、メガネやコンタクトレンズなどの矯正器具で補正することが可能です。そのため、シニアの就労への影響は限定的と考えられます。
一方の動体視力は、動いている視標に基づいて測定する視力です。図表1が示す通り、加齢による影響は静止視力よりも大きく、また、矯正器具によってその低下を補うことが困難です。従って、動体視力が必要な職務においては、加齢に伴って技能・スキルが低下してしまうことになります。
プロ野球界を代表するようなバッターが、体力的にはまだまだやれるにもかかわらず、打撃成績が落ちてしまうのは、動体視力の低下の影響が大きいとも言われています。
また、静止視力・動体視力とは別に、周辺視野や暗い場所での暗視力も加齢によって衰えるという研究結果があります。それらも併せて、シニアの就労環境に配慮するべきでしょう。
静音下なら60歳代の聴力は「正常」レベルだが…
【2. 聴力】
加齢は視力だけでなく、聴力にも悪影響を及ぼします。図表2は周波数に応じた純音聴力(健康診断などで測定される最も一般的な聴力)を年代別に示したものです。縦軸の聴力レベルのdBの数字が大きくなるほど(グラフで下に行くほど)、聴力が低いことを意味しています。このグラフから、横軸の周波数が高くなるにつれて、高齢者ほど聴力が大きく低下することが見て取れます。
余談になりますが、この高周波での聴力低下を利用して開発されたのが、深夜のコンビニエンスストアなどにたむろする若者を撃退する「モスキート音」です。若者にしか聞こえない高周波の不快な音を流すことで人為的に「居づらさ」を作り出し、他の場所への移動を促す仕掛けです。
話を戻しますと、世界保健機関(WHO)による分類では、25dB以下の聴力レベルが「正常」、26〜40dBが「軽度難聴」、41〜60dBが「中等度難聴」に位置付けられています。また、周波数について、人間同士の一般的な会話は250〜2000Hzの間とされています。従って、図表2の横軸について、会話の周波数域である250〜2000Hzに限ってみると、60歳代の聴力は正常(25dB以下)と言えるレベルにあります。
ただし、これらの結果は静音下に限定されます。会話の音声よりも周囲の騒音・雑音の方が10dB以上大きい環境においては、高齢者は会話が聞き取りづらくなる、という研究結果もあります。つまり、騒音・雑音を伴うような職場では、シニアとの会話成立が難しくなるということです。視力と同様に、聴力面でもシニアの就労環境への配慮が必要になるでしょう。
ちなみに、耳の遠い高齢者の方と話をするときのポイントは、「静かな場所を選ぶ」「低めの声ではっきり・ゆっくり話す」「シンプルな短い文章で話す」ことです。騒音・雑音が大きな場所では、いくら声を張り上げても通じにくい状況に変わりはありません。
50歳代以降は「転倒、墜落・転落」が急増する傾向
【3. 平衡感覚】
聴力と同様に、平衡感覚も耳が担う重要な機能の一つです。図表3の通り、平衡感覚が求められる閉眼(目を閉じた状態)片足立ちでは、ピークである20歳代から加齢に伴って持続時間が滑り台のように低下していきます。
50歳以上になると、閉眼片足立ちの持続時間は10歳未満のそれとほぼ同水準にあります。このデータから見る限り、60歳代の平衡感覚はピーク時の3割程度まで低下する傾向にあると言えそうです。従って、同じくピーク時から3割程度にまで低下してしまう全身持久力と同様に、平衡感覚の低下はシニアの就労に大きな影響を及ぼし得ると考えた方がよいでしょう。
実際に、転倒や墜落・転落といった労働災害は、50歳代以降で急激に増加する傾向にあることが分かっています。定年延長の検討の際には、人事施策や制度だけでなく、シニアに優しいバリアフリーの職場整備も併せて考える必要があります。
石黒 太郎
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 組織人事戦略部長・プリンシパル
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