少子高齢化で加速する人材不足。今後、70歳までの定年延長は「努力規定」から「義務化」になることも想定されます。とはいえ人間である以上、どのような立場にある人でも、加齢に伴う心と身体の変化から免れることはできません。特に体力については、雇用側としても労働者側としても最も不安を感じる点ではないでしょうか。実際、年齢とともにどう変化していくのでしょうか? データを用いて解説。※本連載は、石黒太郎氏の著書『失敗しない定年延長』(光文社)より一部を抜粋・再編集したものです。

シニア雇用が進む今、知っておきたい「体力の変化」

年を取ると体力が次第に衰え、健康面での不安が大きくなってくる──。これが、私たちがシニアに対して抱きがちなイメージです。階段を昇る際に息が上がる、四十肩・五十肩で肩が上がらなくなる、老眼によって文字が読みにくくなるなど、身体の変化を我がこととして痛感している読者もいるでしょう(少なくとも私は老眼を痛感しています。四十肩は既に治癒しました)。

 

しかし、一言で「体力」と言っても様々な要素があり、加齢によってすべてが一律に低下していく訳ではありません。どのような体力がどの時点でどの程度変化するのかを定量的に把握し、それらの変化が就労にどう影響し得るのか、自社の職務への影響を具体的に想定しておく必要があるのです。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

昔に比べて「体力的に若返っている」という事実

【1. 歩行速度】

人間の加齢に伴う体力変化を測定する指標として、歩行速度、すなわち歩く速さが用いられます。図表1は、1992年と2002年における高齢者の歩行速度を比較した研究の結果です。

 

出所:鈴木隆雄、權珍嬉「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」『厚生の指標』第53巻第4号(2006)
[図表1]通常歩行速度の差異 出所:鈴木隆雄、權珍嬉「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」『厚生の指標』第53巻第4号(2006)

 

2002年の75〜79歳の歩行速度をご覧ください。1992年の65〜69の歩行速度と比べるとどうでしょうか。年齢が10歳も違うのに、ほぼ同等という結果が見て取れます。これは高齢者の歩行速度が昔に比べて大幅に速くなっている、つまり体力的に若返っていることを意味しています。今の高齢者は、私たちが幼少の頃に見てきた高齢者とは、体力的に異なる存在と考えてもよいでしょう。

 

また、2002年の65〜69歳の歩行速度の絶対値は、男女とも秒速1.3m以上あります。秒速1.3mとは、時速約4.7kmに相当します。

 

不動産物件の広告などで「最寄り駅まで徒歩●分」といった表示をよく見ると思います。この表示は、不動産公正取引協議会連合会の「不動産の表示に関する公正競争規約施行規則」に定められた「徒歩による所要時間は、道路距離80mにつき1分間を要するものとして算出した数値を表示すること」というルールに基づいて計算されています。これを時速に換算すると、4.8km。不動産物件広告の「徒歩●分」はそれなりのスピードがありますので、65〜69歳の時速4.7kmという歩行速度は、日常生活や就労に問題ない水準と言えるでしょう。

 

図表1のグラフは、高齢者=歩くのが遅い、というイメージを持つ人にとって意外なデータかもしれません。そういった主観的イメージに基づいてシニアの就労を検討することがいかに判断の誤りにつながりやすいか、その証左の一つと言えるでしょう。

息切れしやすいのも納得…持久力のピークは13~14歳

【2. 全身持久力】

加齢に伴う体力の変化について、さらに項目分けし、詳しく見てみましょう。まず、図表2は「20mシャトルラン」という体力テストの種目について、年齢別の結果を示したものです。
 

出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」
[図表2]加齢に伴う20mシャトルランの変化 出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」

 

恐らく、昭和生まれの大半の方にとって、20mシャトルラン(以下、シャトルラン)という言葉には聞き覚えがないことでしょう。シャトルランは文部科学省が2001年4月に始めた新体力テストで採用された種目です。「片道20mの往復走を制限時間の中で何回続けて成功できるか」という大変なスタミナが求められるテストになります。

 

平成生まれにとっては常識的な言葉、というよりは経験であり、シャトルランは辛い種目の代名詞です。もしも読者のあなたがシャトルランを知らなければ、試しに周囲の若者に「20mシャトルランって知ってる?」と聞いてみてください。絶対知っているだけでなく、どんなに辛かったか教えてくれるはずです(ちなみに私の息子の小学6年時の記録は83回だそうです)。

 

このシャトルランの結果を全身持久力と読み替えますと、男性の場合、年齢別のピークは14歳です。このピークの値を100%とした場合、60歳代前半で全身持久力は約30%まで低下していきます。

 

また、女性の全身持久力のピークは13歳です。年代別の低下率は男性よりも大きくなり、60歳代前半でピークの約25%になります。

 

男女いずれも60歳代ではピークから3割以下になる勢いで低下していきます。40歳代・50歳代で階段を昇り続けると呼吸が荒くなるのも納得のデータです。

 

全身持久力の加齢による低下は、それが求められる職務において、シニアの就労に大きな影響を及ぼし得ると考えるべきでしょう。

上半身より「下半身の筋力低下」が顕著

【3. 筋力】

全身持久力に続いて、筋力の変化を見ていきましょう。図表3は筋力、具体的には握力の変化を示したものです。

 

出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」
[図表3]加齢に伴う握力の変化 出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」

 

男性の場合、握力のピークは30歳代前半の約47kgです。全身持久力と比べると、ピーク年齢は15年以上遅くなります。そして、このピークの値を100%としますと、60歳代前半になっても約92%を維持しており、それほど低下することはありません。

 

また、女性の場合、握力のピーク年齢は30歳代後半と男性よりもさらに遅く、60歳代でピーク時の約91%を維持。その維持率は男性とほぼ同等です。

 

このデータを見る限り、加齢による筋力の低下は、シニアの就労に大きな影響を及ぼすことはなさそうです。

 

ただし、握力のデータはあくまで腕まわりの筋力を示すものです。次に、全身、特に下半身中心の筋力の変化を示す立ち幅跳びのデータ(図表4)を見ていきましょう。
 

 出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」
[図表4]加齢に伴う立ち幅跳びの変化出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」

 

男性の場合、立ち幅跳びのピークは19歳です。握力に対し、10歳以上若い年齢でピークを迎えます。そして、60歳代前半になると約77%まで低下します。また、女性の立ち幅跳びのピーク年齢は14歳であり、年代別の低下率は男性とほぼ同様に、60歳代前半でピーク時の約74%になります。つまり、下半身の筋力は、シニアになるとピーク時の4分の3になる、と考えれば分かりやすいでしょう。

 

これらの結果から、人間の筋力は上半身よりも下半身の方が加齢による低下の度合いが大きい、と言えそうです。高齢者になると足腰の衰弱によって外出の頻度が下がり、社会性が失われ、遂には寝たきりになってしまうケースがよく見られます。立ち作業や歩き仕事など、足腰の強さが必須の職務に就くシニアについては、下半身の筋力を維持するようなトレーニングの継続が求められます。

「俊敏性」のピークは男女ともに18歳頃

【4. 敏捷性】

全身持久力、筋力に続いて、敏捷性についても見てみましょう。図表5は敏捷性の変化を反復横跳びの結果から示したものです。

 

出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」
[図表5]加齢に伴う反復横跳びの変化 出所:スポーツ庁「平成30年度体力・運動調査結果の概要及び報告書」

 

男性の反復横跳びのピークは18歳で、60歳代前半でピーク時の約72%にまで低下します。女性のピーク年齢も同じく18歳です。60歳代前半で約74%にまで低下し、その低下率は男性と同等です。

 

従って、全身持久力ほどではないものの、敏捷性には下半身の筋力と同等の加齢による影響があり、シニアが担う就労内容によっては影響が出る可能性があると考えた方がよいでしょう。

 

 

石黒 太郎

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社

コンサルティング事業本部 組織人事戦略部長・プリンシパル

 

 

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失敗しない定年延長 「残念なシニア」をつくらないために

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石黒 太郎

光文社

シニア活用こそが、人材不足解消の最後の砦。 「定年延長」に失敗すれば、日本経済は必ず崩壊する…。 少子化の進展により、日本の生産年齢人口は急激に減少中。さらに、バブル期入社組の大量定年退職が秒読みに入ったこ…

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