人間には「若い心」と「老いた心」がある事実
【1. 心の高齢化】
加齢に伴って身体が老いてしまうように、心もまた老いていきます。スタンフォード大学の心理学教授、カーステンセンが提唱する「社会情動的選択性理論」という学説では、人間の心には「若い心」と「老いた心」の2種類があり、心が老いることによって物事への関心事が変化していくとされています。
具体的には、若い心を持つ人は、「何を新たに獲得できるか」という「ゲインの最大化」に関心を持ちます。そのため、未知の人々との交流を厭わず、好奇心旺盛に未経験の物事にチャレンジすることを好みます。
一方で、老いた心を持つ人は、「どのようにして現状を保つことができるか」という「ロスの最小化」に関心を持ちます。既に獲得したものをなるべく減らさないように行動し、失敗のリスクがある挑戦を避け、慣れ親しんだ人脈・経験の範疇から外に出ない傾向にあります。
成長するチャンスが多いのは「若い心」を持つ人
人材育成に携わったことがある読者であれば、「7:2:1の法則」という言葉をご存知かもしれません。社会人の学びの源泉は、7割が業務そのものの経験、2割が上司や同僚からの指導・アドバイス、そして1割が研修・自己啓発にあるという法則です。
日本企業の多くは、人材育成の中心にOJTを据えていることが多いですが、狭義のOJTである上司からの指導の効果は全体の2割未満に過ぎません。実際の学びの源泉の大部分は業務経験からの気付きにあります。
ただし、毎日毎日同じ仕事を続けているだけでは、新たな気付き、学びを得る機会はそれほど多くありません。ゼロの状態から一を生み出すプロジェクト、高い目標達成への果敢な挑戦、大失敗から巻き返した逆転劇など、いわゆる修羅場経験こそ、良質な気付きを得て社会人が大きく成長する、つまり一皮むけるチャンスです。
この法則を心の高齢化に当てはめると、若い心を持つ人は、それだけ修羅場を経験することが多くなり、成長の機会が増えます。反対に、老いた心を持つ人は慣れ親しんだ仕事・方法に固執するため、学びもそれだけ少なくなってしまいます。心の高齢化は、社員の成長に関わる大問題なのです。
心の若さを保つ秘訣は、シンプルに「気の持ちよう」
ただし、心の高齢化は、何歳で若い心から老いた心に変化していく、という類のものではありません。早い人であれば30歳代であっても心は老いてしまいます。逆に、70歳でも80歳でも心が若く、新たなことに関心を持ち続ける人も数多くいます。
自らの人生において、これから先にどのような機会があるかを前向きに考える人、すなわち未来への展望を持つ人は、若い心を保ち続けることができます。コップの半分まで減った水を、「もう半分しかない」と思うか、「まだ半分もある」と思うか、という意識の違いと言ってもいいでしょう。
つまり、若い心を保ち続けられるかどうかは「気の持ちよう」と言えるため、シニアの動機付け施策が重要になってくるのです。
歳を取ると「性格が丸くなる」?「頑固になる」?
【2. 加齢による性格の変化】
心の高齢化だけではなく、加齢に伴って個々人の性格も次第に変化していきます。図表1をご覧ください。人間の性格を心理学的に分析する際の5つの因子(いわゆるビッグファイブ理論)として、「外向性」「経験への開放性」「神経症傾向」「誠実性」「調和性」がしばしば用いられます。
これら5つの内、「外向性」と「経験への開放性」の2つが加齢によって低下するという研究結果があります。簡単に言うと、「年を取ると頑固になる」ということです。
特に外向性について、日本人男性中高年の場合、周囲から声をかけづらい雰囲気を無意識に出していることが非常に多いです。普段から笑顔を作る努力をするだけでも、外向性の低下は抑えることができます。心当たりのある年配読者は、意識して口角を上げるよう心がけてみてください。
一方で、「神経症傾向」「誠実性」「調和性」については、70歳前後までは向上し続ける傾向にあるそうです。これも簡単に言いますと、「性格が丸くなる」という変化です。昔は過激な発言を繰り返していた人が、年を取るにつれてマイルドになってきたという事例を見聞きしたことがあると思います。
また、『論語』に「四十にして惑わず」「六十にして耳順う」とありますが、この変化とある程度の親和性があるのではないでしょうか。これらの性格変化の傾向をシニアに自覚させ、自らの仕事の進め方やマネジメントのあり方を見直してもらうことによって、シニア本人と周囲の同僚との人間関係の改善が期待できるでしょう。
シニア読者の皆さんの参考までに、「外向性」「神経症傾向」「誠実性」の3つは高齢者の死亡率と関係している、という研究結果もあります。つまり、細かいことは気にせず、前向きに誠実に暮らしている人ほど、長生きしやすいと言えるのです。
実は「若者より打たれ弱い」…シニアのストレス耐性
【3. ストレス耐性の変化】
人間の心身は、自律神経・内分泌・免疫の3つの機能がバランスを取ることで、外部環境の変化、すなわちストレスに対し、内部環境を健康な状態に維持しようとします。そして、これら3つの機能はいずれも加齢に伴って低下する傾向にあります。そのため、シニアのストレスに対する抵抗力は、若い頃に比べて徐々に衰えていくことになります。
読者の皆さんは、シニアよりも若者のほうが打たれ弱いというイメージをお持ちかもしれません。私も、「最近の若い者は」と愚痴をこぼしたくなることはあります。しかし、医学的に見れば、若者よりもシニアの方がストレスには弱いのです。
また、3つの機能の内、免疫機能の低下は、ストレス耐性だけでなく、感染症などの疾患にも悪影響を及ぼします。シニアになるとちょっとしたことで体調を崩しやすくなるのです。同様に、時間的に不規則な生活からの疲労回復も、加齢によって遅くなる傾向にあります。そのため、昼夜交替勤務や頻繁な海外出張などはシニアに向いているとは言えません。
「未来展望」が中高年社員の若い心を保つ
職務に対する影響という意味では、心の変化のインパクトは、体力や知力以上に大きいものです。心の老化や性格のネガティブな変化を抑止するには、シニアになる前のかなり若い頃から対策が必要です。
残念ながら、日本企業には、社会人としての未来への展望を失った中高年が数多くいます。そういった人材の大半は心が老いています。彼/彼女らの職務における関心事は「ゲインの最大化」から「ロスの最小化」に移行し、その結果、現状維持重視あるいは保身的な思考・行動を取ることが多くなります。
心が老いた社員が重要な役職や役割を担っている場合、組織的な戦略推進・変革遂行のブレーキ役になりかねません。こういった社員の存在は周囲の若手層への悪影響が大きいため、1人の社員によって組織全体が停滞ムードに陥ってしまうことすらあり得ます。
また、加齢に伴う性格の変化も軽視できません。「外向性」や「経験への開放性」といった性格因子が衰えると、職務において過去の成功体験に固執し、新たな考え・方法・アイデアを受け入れられず、環境変化に適応できなくなるようになります。
さらにはそういったシニアに対して思考・行動の変容を強く求め過ぎると、ストレス耐性の低さからメンタル不調や体調不良につながるリスクがあるので、無理強いも禁物です。
社員の心を若く保つためのポイントは、未来展望です。具体的には、40歳前後から社会人としての未来展望を抱かせ続けるよう、自律的なキャリア形成を社員に促すことが極めて重要なのです。
石黒 太郎
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 組織人事戦略部長・プリンシパル
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