記憶力や情報処理速度は低下しがちだが…
【1. 流動性知能と結晶性知能】
知力のベースとなる知能には、図表1の通り、大きく分けて流動性知能(または流動知能)と結晶性知能(または結晶知能)の2種類があります。これらの内、主に加齢の影響を受けやすいのは前者の流動性知能と言われています。
流動性知能とは、新しいことを覚える、新たな環境に適応するといったことに必要な知能です。何らかの法則を発見する能力や図形処理能力、処理スピードなどもこれに該当します。個人差はありますが、これらは加齢によって低下する傾向にあり、物覚えが悪くなったり頑固になったりする可能性があります。
もう一方の結晶性知能は、蓄えられた知識や経験を活かして他の状況に応用するための知能です。具体的には、言語能力・理解力・コミュニケーション力などの能力が当てはまります。流動性知能に比べ、結晶性知能は加齢の影響を受けにくい傾向にあります。
ただし、加齢によって知能が低下するとはいっても、流動性知能と結晶性知能のいずれも、60歳代が25歳時点よりも高い水準にあるという研究結果があります。
それまで右肩上がりで上昇していた知能が60歳前後から衰えていく感覚になるため、「頭の働きが鈍くなった」という体感があるかもしれません。しかし、知能の高さを絶対値で測れば、シニアの知能は自らが20歳代だった頃に負けない水準にあると言えます。
「記憶機能の低下=知能の低下」の見方はナンセンス
【2. 記憶機能】
先に述べた「流動性知能と結晶性知能のいずれも60歳代は25歳時点よりも高い水準にある」という研究結果に、違和感を覚える中高年の読者もいるかもしれません。その違和感は、主に自らの記憶機能低下の実感によるものではないでしょうか。私自身、物覚えが悪くなってきたと実感しているので、その気持ちは分かります。しかし、記憶機能は知能の一部であり、すべてではありません。知能とは色々な知的能力の総合ですから、記憶機能の低下=知能の低下、と考えるのはナンセンスです。
また、記憶機能そのものについても、年を取ると物覚えが悪くなるという定説には、当たっている面もあれば、当たっていない面もあります。それは、記憶機能にはいくつかの種類があり、加齢によって低下するのは一部の機能に限られるからです。
図表2に記憶機能の分類を示しました。これらの記憶機能の内、加齢によって低下する機能は短期記憶を担うワーキングメモリと長期記憶の一部であるエピソード記憶の2つと言われています。
ワーキングメモリは、パソコンの構成部品であるメモリに似た役割を担っています。ワーキングメモリの機能が加齢によって衰えてくると、素早い判断や同時並行の判断など、スピードやマルチタスク、集中力が求められる思考・行動が困難になってきます。
この影響を受ける典型的な例として、自動車の運転があげられるでしょう。自動車の運転には素早くかつ同時並行の判断・動作に集中することが求められます。そのため、高齢者になると自動車を安全に運転することが難しくなる傾向があります。
また、長期記憶の一部であるエピソード記憶は、その言葉が示す通り「いつどこで誰が何をした」という特定の事象に関する記憶です。例えば、一昨日の昼食はどこで何を食べたのかなど、出来事に関する具体的な記憶のことです。
このエピソード記憶機能が加齢によって低下していく一方で、同じ長期記憶でも、意味記憶や手続き記憶といった機能は維持される傾向にあります。意味記憶とは一般的な知識・概念・情報などに関する記憶であり、手続き記憶は何らかのプロセスの進め方・ノウハウ・コツなどに関する記憶です。
一昨日の昼食に、近所のコンビニエンスストアで電子マネーを使って購入したカレーライスを、自宅で食べたとしましょう。そういった出来事に関するエピソード記憶は加齢によって薄れがちです。しかし、カレーライスとはどういうものなのかという意味記憶や、電子マネーの使い方といった手続き記憶は薄れにくいのです。
再就労は「持前の知識・能力・経験が活きる職」が正解
加齢に伴う知力の変化、特にワーキングメモリの機能低下の影響により、スピーディな判断・意思決定が必要な職務、同時並行のマルチタスク処理が求められる職務は、シニアに向いているとは言えません。
また、これまでの知識・能力・経験の蓄積が通用しない異文化への適応や、未知の分野の開拓または人脈作りなどは、シニアにとって苦痛を伴うことが多いでしょう。逆に捉えれば、そういった特徴を持つ職務を除けば、知力の変化によるシニアの就労へのマイナス影響は軽微と考えられます。
従って、シニアの活躍を知力の観点から最大化するためには、加齢による影響を受けにくい結晶性知能や意味記憶・手続き記憶の活用が鍵になります。
具体的には、個々のシニアが社会人人生の中で身に付けてきた知識・能力・経験を十分に活用できる職務に従事してもらうことが有効であり、過去からの積み重ねが生きてくる経験曲線効果の高い分野の職務であれば、若手以上の活躍も期待できるでしょう。
当たり前と言えば当たり前のことではありますが、実際にシニアの多くをそういった職務で十分に活かしている、と胸を張れる企業は少ないのではないでしょうか。その理由は、多くのシニアがエンプロイアビリティ(労働市場において雇用価値のある職務遂行力)のある知識・能力・経験を蓄積できていないからです。
シニアになってから新たな技能を身に付けることは、無理とは言わないまでも相当な苦労を伴い、時間も要します。社員一人ひとりに対し、若い頃から自分は将来どんな分野でエンプロイアビリティのある人材になりたいのかを意識させ、キャリア形成を自分事として取り組ませる長期的な対策が、シニアとしての活躍の前提になります。
石黒 太郎
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
コンサルティング事業本部 組織人事戦略部長・プリンシパル
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