「手術が好き」ただそれだけだった…。新人外科医:山川が見た、壮絶な医療現場のリアル。※勤務医・月村易人氏の小説『孤独な子ドクター』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、連載していきます。

「死んだほうがマシだ」「その時は仕方ないよ」

ご家族から質問が出る。ステージとは癌の進行度のことであるが、患者さんにとってステージはもっとも関心のある事項の1つだ。

 

「リンパ節に転移がある場合や腫瘍が思った以上に深く浸潤(しんじゅん)している場合、ステージⅡやⅢになる可能性もあります」

「ステージが進んでいる場合はどうなるのでしょうか?」

「術後に追加で抗癌剤治療が必要になることがあります。術後1週間程度で病理検査の結果が分かるのでその時にまた相談しましょう」

「分かりました」

「また、術前はほかの臓器への転移はありませんでしたが、術後に肝臓や肺、脳などに再発する可能性があります。その場合、追加の手術や抗癌剤による治療が必要になることがありますが、それもまた出てきた時に相談しましょう」

 

一気に全ての可能性や治療を説明しても患者さんは理解しきれない。しかし、ステージが変わることや再発の可能性についても説明しておかないと、後でそんな話は聞いていない、ということになりかねない。

 

手術をしたら完治して治療が終わるというわけではないことを伝えておく必要があるのだ。

 

どこまで話すのかについては、患者さんの理解度や興味などを感じ取って判断するのだが、このさじ加減はなかなか難しいところである。

 

「次に術式と合併症について説明しますね」

「はい」

「手術は腹腔鏡で行います。このようにお腹に計5箇所の穴を開けます。お臍の穴からカメラを入れて、ほかの穴から手術器具を入れてモニターに映して手術を行います」

 

先生は図を用いて分かりやすく説明する。

 

「合併症には出血や感染、縫合不全などがあります。合併症は手術のうまい下手にかかわらず一定の確率で起こるとされています。合併症が起こった場合、追加の検査や処置が必要になったり、人工肛門が必要になることもあります」

「人工肛門は作りたくない。そんなみっともないものを作るくらいなら死んだほうがマシだ」

 

ICが始まってから初めて患者さんが口を開いた。人工肛門に対してよほど抵抗があるのだろう。もっとも人工肛門に抵抗を示す患者さんは多い。

 

「人工肛門は縫合不全が起こった際に救命するために必要な処置です。今回の手術で縫合不全の確率はそれほど高くありませんが可能性はゼロではありません。人工肛門造設に関しても同意をいただけなければ手術はできません」

「分かりました。お父さん、その時は仕方ないよ」

 

同席していた娘さんが患者さん本人をなだめる。医者は基本的には優しく分かりやすく説明をしなければいけないが、時に強く言わないといけないこともある。どうしても必要なことは必要だと言わないと、後で取り返しのつかないことになる。

 

「その他、肺血栓塞栓症(はいけっせんそくせんしょう)や心筋梗塞など重篤な合併症も起こり得ます。術前の検査でリスクが低いことを確認しておりますが、これも可能性はゼロではありません。術中に何が起こっても不思議はないとご理解ください」 

 

「手術中に死ぬこともあるんですか?」

 

奥さんが尋ねる。

 

「ないとは言えません。しかし、そうしたあらゆるリスクを考慮して我々は手術に臨みますし、その上で手術が最善の治療だと判断しております。術前検査で全身状態に特に問題がないことを確認しておりますので、過度に心配する必要はありません」

「分かりました。お任せしようか」

「そうだな。お願いします」

 

本人も納得してくれたようだ。

 

「では以上で説明を終わります。明日はよろしくお願いしますね」

 

こうして手術の説明を終える。

 

本記事は連載『孤独な子ドクター』を再編集したものです。

 

月村 易人

 

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孤独な子ドクター

孤独な子ドクター

月村 易人

幻冬舎メディアコンサルティング

現役外科医が描く、医療奮闘記。 「手術が好き」ただそれだけだった…。山川悠は、研修期間を終えて東国病院に勤めはじめた1年目の外科医。不慣れな手術室で一人動けず立ち尽くしたり、患者さんに舐められないようコミュニ…

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