主に女性が遭遇しやすいトラブルの一つ、「痴漢」。そのほとんどは満員電車で行われており、電車通勤をする人々にとってはいつ遭遇してもおかしくない犯罪です。痴漢被害に遭ったときどうすればよいのでしょうか? 現場での行動から示談などの解決まで、有効な対処法を解説。※本連載は、上谷さくら弁護士の著書『おとめ六法』(KADOKAWA)より一部を抜粋・再編集したものです。本連載に掲載する民法は2020年4月施行の改正民法の内容、そのほかの法令は2020年3月時点の内容に基づきます。

「示談=お金を払う」とは限らない

「示談」という言葉を一度は聞いたことがあるでしょう。ただ、言葉の捉え方は人によって異なります。法律上も、はっきりとした定義があるわけではありません。広い意味では、争いごとがあったとき、当事者どうしで合意をしてその争いを解決する、ということです。そして、その方法は人それぞれです。

 

示談でお金による賠償がされる場合、その名目には「示談金」「慰謝料」「解決金」「被害弁償」など、さまざまなものがあります。「示談が成立した」というと、加害者はお金を払い、被害者はお金を受け取った、と思われがちですが、必ずしもそうではありません。損害が生じているときには、たしかにお金での補償をすることが多いですが、当事者どうしの意見が一致すれば、お金のやりとりはなく、「今後一切連絡を取らない」などの条件をつけて解決することもあります。ここで重要なのは、お互いが「それでいい」と合意することです。

「加害者を許すこと」は必須条件ではない

刑事事件が起きると、たいていの加害者は被害者に「示談」を持ちかけます。この場合、損害賠償金の支払いと引き換えに「宥恕(ゆうじょ)」を求めてくることが大半です。「宥恕」とは、「許す」ことを意味します。しかし、被害者が許さなくても、合意があれば示談は成立します。本当は許す気持ちがないのに、宥恕文言の入った示談が成立すると、警察などから事件として見なされなかったり、不起訴になったり裁判になっても刑が軽くなったりします。本当にそれでいいのか、慎重に考えましょう。

 

刑事事件の場合、加害者の弁護人の中には、被害者に対し、「宥恕しないなら、損害賠償金は払わない」という人もいます。損害賠償してもらうには許すしかない、と思い込んでしまう人がいるのはこのためです。しかし、許す気持ちがないのに「お金のためだから仕方ない」と宥恕文言を残すことは、取り返しのつかない後悔につながります。被害回復が遅れる原因にもなります。

 

宥恕しなくても、損害賠償金の支払いを求める手段はあります。それを知らずに書面を交わしてしまうと、その後の変更はほぼ不可能です。被害者が弁護士と対等に交渉することは難しいので、被害者もできるだけ弁護士に相談しましょう。

 

一般的に、「示談」には許すという意味が含まれるとみなされることが多いので、許せないのに「示談」という言葉を使うのに抵抗を感じることもあるでしょう。書面を作るときに「示談書」というタイトルを使いたくなければ、「合意書」「確認書」という言葉に置き換えることもできます。

示談は「早期解決の手段」、金銭賠償は「当然の権利」

性被害にあって「示談した」というと、「金目当て」「美人局(つつもたせ)」と決めつけて非難する人たちがいます。そうした非難を受けたくないために、一切の示談を拒否する被害者も少なくありません。また、性被害で「お金を受け取る」のは、売春と同じことではないか、と心配する人もいます。

 

しかし、被害にあったなら、金銭賠償を受けるのは当然の権利です。加害者にきちんと謝罪させ、お金を払わせることは、加害者が犯罪を繰り返さないためにも重要です。被害者は悪くありません。堂々とお金を受け取ってよいのです。

 

示談で紛争を解決させることに、うしろめたさを感じる人もいます。自分が示談したせいで、犯人は罪を逃がれ、同じことを繰り返すのではないか、裁判で闘うことから逃げたのは卑怯ではないかと悩んでしまうようです。

 

しかし、示談は、相手に罪を認めさせて謝罪させ、早く紛争を解決して日常生活に戻る手段です。被害回復の方法は人それぞれで、どのようにするのかは、慎重に検討すべきですが、示談を選ぶことは悪いことではありません。被害回復のプラスになるはずです。

 

 

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上谷 さくら

弁護士(第一東京弁護士会所属)、犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長

 

 

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おとめ六法

おとめ六法

著者:上谷 さくら

著者:岸本 学

イラスト:Caho

KADOKAWA

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