「人生の夏休み」とたとえられることもある大学生活。かつて大学生といえば、学外で遊びに勤しむイメージが強くあった。しかし時代とともに大学教育は変容を遂げ、学生たちも黙々と授業に向かう生活を送っている。一見、勤勉で立派だが、このような学生生活には思わぬ落とし穴が…。「すべての授業に出席してはいけない」。そう警告する筆者が、本来あるべき「大学の学び」を語る。※「医師×お金」の総特集。GGO For Doctorはコチラ

「大学では、“すべての授業”には出席するな」

11月7、8日の2日間にわたって、東京都港区の建築会館ホールで第15回現場からの医療改革推進協議会シンポジウムを開催した。私どもの研究所が事務局を務める集会で、医師や看護師に限らず、医療に係わる人々が議論をする場だ。今年のプログラムは以下だ(http://plaza.umin.ac.jp/expres/genba/symposium15.html#program)。

 

今年は新型コロナウイルスの流行もあり、会場での参加者を50人程度に制限し、Zoomを用いたリモートでの聴講を可能とした。お陰様で、大きな問題もなく、無事に終えることができた。

 

このシンポジウムの特徴は、事務局を大学生をはじめとした若者が手伝ってくれることだ。今年は東桃子さん、髙久夢華さん、藤井聡子さんなど中学生3名も参加してくれた。

 

私は、彼らから「大学生活はどのように送ればいいでしょうか」と質問されることが多い。本稿では、私が考える大学での学びについてご紹介しよう。

 

このような質問を受けた際に、私が必ず言うのは、「すべての授業に出てはいけない」だ。それは、人生は判断の連続だからだ。読者の皆さんも「どの会社に就職するか」、「誰と結婚するか」など多くの判断を下してきたことだろう。そのような判断には成功もあれば、失敗もあったはずだ。私も、様々な失敗を繰り返してきた。重要なのは、我々は失敗を繰り返して、成長することを認識することだ。特に大人の仲間入りをする大学時代には失敗を重ね、挫折することが大切だ。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

「自分の頭で考える機会」を奪う、大学教育の現状

大学は、多様な教育の機会を提供する。講義・実習はもちろん、クラスメートとの交流、クラブやサークル活動、さらにアルバイトやボランティアなども広義の大学での教育といって差し支えないだろう。新型コロナウイルスの流行で、リモートの授業が増えたと言っても、本質は変わらない。

 

私は、大学教育の目的の一つは、このような活動を通じて、自分の頭で考える人材を育てることだと考えている。そのためは自分で判断し、失敗を重ねなければならない。講義に出席するか、自分で読書するか、アルバイトに行くか、あるいはデートするか。これも一つの選択だ。

 

これまで、大学はじっくりと時間をかけて、学生たちに、このような機会を提供してきた。ところが、昨今の大学教育からは、このような余裕がなくなってきている。

 

特に医学部は、その傾向が強い。それは、医学の進歩は急速で、医師になるために学ばねばならないことが増えているからだ。私が学生時代には、今や常識となったゲノム個別化医療などの概念はなかったし、免疫学の教科書は現在の半分以下のボリュームだった。このような医学的な内容に加え、最近は医療制度やコミュニケーションなども、大学時代に学ぶ。さらに、病院実習の時間も増えた。

 

このため、医学部の授業は、ほぼ必修科目で埋まっていて、選択科目はほとんどない。この結果、多くの学生は、早朝から夕方まで、講義と実習で忙殺されることになる。最近は、大学1、2年生の教養の講義を減らして、専門科目を教えるようになっている大学も珍しくない。果たして、これでいいのだろうか。

「教養や世間の常識に欠如した卒業生」を輩出

医学は純然たる自然科学の側面があるが、医療は社会の営みだ。相手にするのは、それぞれ個別の生活を営む患者だ。一人前の医師になろうと思えば、彼らの立場を理解する社会常識が欠かせない。このような教養教育は、従来、大学が提供してきた。ところが、今の大学は、この責務を放棄せざるを得ない状況に追い込まれている。

 

このことは、大学生に悪影響を与える。それは、学生の多くが真面目だからだ。入学当初、多くの学生は「授業は真面目に、すべて出なければならない」と思い込んでいる。おそらく、彼らは父兄から「大学に行ったら、真面目に授業に出て勉強するように」と教えられてきたのだろうし、高校までの授業の延長線上で、大学の講義を考えているのだろう。彼らの経験を考えれば、これは仕方ないことだ。

 

朝起きて大学に行き、夕方まで授業を受ける。夕方からはサークルか、アルバイトをして、自宅やマンションに帰る。そして、少しだけくつろいでから寝る。これでは、他人から与えられたカリキュラムを黙々とこなしているだけだ。

 

たしかに、大学の成績は上がるだろう。ただ、これは受験勉強の延長で、そこに主体性はない。こんなことをしていると、自分の頭で考えることができなくなる。そして、専門分野には詳しいけど、教養や世間の常識に欠如した社会人になってしまう。

 

問題の一端は教員にもある。最近の大学の教員の中には、自己の責任を回避するため、授業の出欠をとり、テストで出席点のウェイトを高くする人もいる。私には、この状況は、学生の出来が悪く国家試験の合格率が下がった場合に、学生の資質に問題があったというための言い訳を準備しているようにしか見えない。つまらない講義をしていながら、試験や出席点で縛りつけても、学生のためにはならない。

大学生は「暇な時間」が必要…授業を取捨選択せよ

では、どうすればいいのだろうか。私は、大学生が成長するには、「暇」が必要だと考えている。そして、教員は、「暇」を持てあました学生が試行錯誤するのを、見守る必要がある。

 

私事だが、私は大学2年生の夏、剣道部の練習中にアキレス腱を断裂した。それから約2ヵ月、松葉杖の生活を送ることとなった。実家、あるいは下宿でやることがなく、とにかく、暇だった。この時期に、私は多くの本を読み、映画を観た。暇なので、何かを考えざるを得なかった。これは、私の人格を形成するのに、大きく役立った。

 

大学時代の私は劣等生だった。剣道部の活動にかまけて、講義にはほとんど出席しなかった。試験も追試で通ったのが、多数ある。ただ、今となってよかったのは、暇だけは十分にあったことだ。多くの人とお会いし、そして様々な試行錯誤を繰り返した。このような活動を通じ、幾分かでも思考が熟成され、多少は成長したのではないかと思う。私にとって、大学時代がもっとも暇で、そしてもっとも考えた時期だった。

 

では、現在の大学生は、どうすればいいのだろうか。私は「暇な時間を作るように」と言っている。具体的には「どの講義に出席するか」、「なぜ、出席するか」、「そこで何を学ぶのか」を考えて、重要性が低いと判断した講義は欠席することだ。そして、その時間を自己研鑽に充てればいい。

 

これは、大学生が自立的に考え、「大学の奴隷にならない」ことを意味する。大学で学ぶのは、そこで学問を修め、自己を成長させるためだ。この際、主体はあくまで学生だ。何を学ぶかは、本来、学生が自分で決めるべきだ。

 

このような態度は、社会に出てからも役にたつ。それは、我々は一生、学び続けなければならないからだ。一生を通じて、何を学び、何を学ばないかという選択を繰り返す。大学時代は、そのような「判断」の練習の時期と見なすことも可能だ。

卒業後、「成長しない社会人」に…真面目な学生の末路

私は、大学が用意するカリキュラムは、学生が学ぶ材料の一つに過ぎないと考えている。ところが、私の周囲を見ていて、このように考えている学生は少数派だ。なかには、大学の定めたカリキュラムに盲目的に追従し、暇ができると、不安になって医師国家試験の受験勉強をやってしまう人もいる。このような人が、傍目には「真面目」と評価されがちだ。そして、大学の試験の成績は優秀だ。

 

ただ、私の個人的な経験から言っても、このような学生は、卒業後にあまり成長しない。自分の頭で考える力がついていないからだろう。

 

結局、学問は自分でするものだ。どのような専門分野や職業を選ぶにしろ、自分で学ばなければ、日進月歩の社会の進歩にはついていけない。学生の時代に、どれだけ詰め込んだって、その後、自ら学ばねば、すぐに時代遅れになる。

 

現場からの医療改革推進協議会シンポジウムには、歌舞伎町のホストクラブ経営者から元財務省事務次官まで、様々な職業のシンポジストが登壇した。彼らは、それぞれの専門分野について知見を深め、社会に貢献している。その話を聞けば、彼らが日夜研鑽を積んでいることがわかる。

 

学問は、強制されてやるものではない。私は、そのための訓練をするのが、大学だと考えている。このシンポジウムへの参加が、学問のあり方を見直すきっかけになればと願っている。

 

 

上 昌広

内科医/医療ガバナンス研究所理事長

 

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