相続というのは、プラスの財産だけを引き継ぐのではありません。被相続人の財産状態「すべて」を相続するのですから、マイナスの財産も相続することになります。 ※本記事は、青山東京法律事務所の代表弁護士・植田統氏の書籍 『きれいに死ぬための相続の話をしよう 残される家族が困らないために必要な準備』(KADOKAWA)より一部を抜粋したものです。
高校生の息子がいながら…転がり落ちていく
ところが、折からの円高と台湾や中国の音響機器メーカーとの競争の激化から、四郎さんの勤めていた会社の業績は急落します。会社は新製品を出したり、コスト削減策を打ったり、いろいろと努力をしましたが、やはり円高による労働コストの上昇には耐えきれず、工場の中国移転を決めます。
そして、45歳以上の社員に対して早期退職の募集を始めました。通常の退職金に加えて、2年分の給料の割り増しが出るというスキームです。四郎さんもやめると3000万円の退職金をもらえる好条件です。
四郎さんは、工場が中国に移転され、自分の仕事がなくなり、会社で居場所がなくなってしまうことを考え、早期退職への応募を決めます。
そして、50歳で会社を退職しました。
四郎さんは住宅ローンの返済後、残った1500万円の退職金をつぎ込んで、自分で高級音響機器メーカーを立ち上げました。自分の部下だった社員10名も採用しました。当時、日本に浸透してきたボーズ社をモデルとした事業でした。
四郎さんの会社の製品は、音もよく、一部のマニアの間ではやりましたが、なかなかそれ以上に広がりません。売り上げは1億円で低迷し、社員10名を食べさせていくのは苦しい状態でした。
売り上げの低迷により、四郎さんの会社の資金繰りは苦しくなり、商工ローンの融資に頼るようになります。四郎さんは個人保証を入れ、家に担保を設定させられました。
このころには息子の進一郎さんは高校生。明子さんは四郎さんの仕事がうまくいかないことから、進一郎さんの学費を工面しようと、近くの工場でパートの仕事を始めていました。
青山東京法律事務所 代表弁護士
1981年に東京大学法学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行し、外国為替、融資業務等を経験。
その後、アメリカ ダートマス大学MBAコースへの留学を経て、世界の四大経営戦略コンサルティング会社の一角を占めるブーズ・アレン・アンド・ハミルトン(現PWCストラテジー)に入社し、大手金融機関や製薬メーカーに対する経営戦略コンサルティングを担当。
その後、転じた野村アセットマネジメントでは資産運用業務を経験し、投資信託協会でデリバティブ専門委員会委員長、リスク・マネジメント専門委員会委員長を歴任。
その後、世界有数のデータベース会社であるレクシスネクシス・ジャパン株式会社の社長となり、経営計画の立案・実行、人材のマネジメント、取引先の開拓を行った。弁護士になる直前まで、世界最大の企業再生コンサルティング会社であるアリックスパートナーズに勤務し、ライブドア、JAL等の再生案件、一部上場企業の粉飾決算事件等を担当した。
2010年弁護士登録を経て南青山M’s法律会計事務所に参画し、2014年6月独立して青山東京法律事務所を開設。
現在は、銀行員、コンサルタントと経営者として蓄積したビジネス経験をビジネスマンに伝授するため、社会人大学院である名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授として企業再生論、経営戦略論を学生に講義するほか、数社の社外取締役、監査役を務めている。過去5年間に、経営、キャリア、法律分野で精力的に出版活動を展開している。
主な著書に「きれいに死んでいくための相続の話をしよう」(KADOKAWA)、共著に「マーケットドライビング戦略」(東洋経済新報社)「企業再生プロフェッショナル」(日本経済新聞出版社)など。
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連載きれいに死ぬための相続の話をしよう~残される家族が困らないために必要な準備