2人の息子たちに「故郷に帰る」選択肢はなし
石川さんは母親が所有する不動産や、未来に起こるであろう相続について、現状をよく把握されていました。
「母親本人も、アメリカにいる兄も、老人ホームへの入居は賛成してくれました。ですが、母親が転居するとなると、自宅は空き家になってしまいますし、アパートの維持費も負担になりますよね」
「私も兄も、将来的に故郷へ戻る選択肢はありません。ですから、母親が持っている不動産を子どもたち自身で活用することはないのです。地方都市とはいえ、開発が進んだ大きな駅のそばにある不動産ですし、このまま放置してしまうと、かなり相続税がかかると考えているのですが…」
筆者が調査したところ、石川さんの懸念点は、いずれも現実のものとなりそうでした。自宅も老朽化が進んでいましたが、アパートはこれまで一度もきちんとした修繕を行っていないため、このまま維持していくことは不可能だと思われました。とはいえ、8戸のうち半分は、まだ入居者がいます。
そのため筆者は、いずれも解体して立て替えてるのはどうかと考え、検証しました。最寄り駅より徒歩5分という好立地で賃貸環境も申し分なく、賃貸事業の収支も悪くありません。しかし、建築費の借り入れが必要になり、また相続の際に分けにくくなるといった問題もはらんでいるため、この方法はあまりよくないと判断しました。
次に、売却について検証してみました。いろいろと調査を勧めると、周辺の取引状況から、石川さんの実家の土地は、路線価以上の価格で売却できると判断できました。そのため筆者は、自宅とアパートを合わせて売却することを提案しました。アパートはまだ入居者がある状態ですので、明け渡し・解体をせず、現況のままの売却が可能ですので、その点も踏まえてのうえです。
老朽化した不動産を放置しては、お金ばかりかかって…
筆者は石川さんに、不動産の売却代金を手元資金として、都心の区分マンションを購入することを提案しました。1戸にまとめるのではなく、貸しやすいコンパクトな1K4戸、あるいは、広めの1LDKを2戸購入することで、相続後の分割に公平性をもたせられるようになります。また、アパート収入がなくなる分の補填にすることができます。
「なるほど、都心の区分マンションを複数購入しておけば、収入も安定しますし、いざ相続の段になっても分けやすいですね」
石川さんは兄と相談し、知り合いの不動産会社に母親の自宅とアパートを売却し、その後都内の物件を購入することにしました。
石川さんの場合、母親の不動産を放置してしまうと、税金や維持費ばかりかかることになりかねません。実際のところ、所有者が老人ホームに転居するなどして空き家になったときは、相続対策を実行するに適したタイミングなのです。今回のケースのように、子どもが自宅に戻らないのであれば、売却も有力な選択肢です。
また、親が高齢となって認知の心配がある場合は、症状が進まないうちに決断し、売却・買い替え、遺言書作成を終えておくことが大切です。