旧農家出身の地主の男性は、長男である自分が一家の財産をすべて受け継ぎ、それを当然のことと考えてきました。自身も70代となり、相続を意識するようになりましたが、自分と同様に、すべて長男に渡したいと考えています。妻、長女、次男といったほかの家族は何も口をはさみませんが、心の中ではそれぞれ思うところがありました。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。
加藤さんは、自分が長男であるため、親から全不動産を相続してほかの弟妹には分けませんでしたが、農家ではそうしたことが一般的なものだと力説しました。同様に、不動産をはじめとする全財産は長男に相続させればよいと考えており、長男も加藤さんの隣でうんうんとうなずいていました。
そこで筆者が、その配分では配偶者の特例が使えず、節税にならないという話をはじめ、一般的な相続での遺産分割について、加藤さんの家族構成を例に説明したのですが、まったく共感できない様子です。
「妻は長男より先に亡くなるでしょうし、長女は他家に嫁いだ身です。次男はサラリーマンとなって自分で家を建てて、嫁の親を引き取って暮らしています。ですから、財産は不要ではないですか?」
「長男は跡取りですし、私の土地で店を経営しています。これまでも不動産経営の手伝いをしてきてくれたので、長男以外への遺産分割は考えたこともありませんでした。妻はもちろん、長女も次男も、私の話に反対したことはありませんでしたし…」
筆者の説明対し、歯切れの悪い加藤さんでしたが、筆者の勧めに従い、ほかの家族にも意見を聞いてみることになりました。
長男以外の相続人が押し殺してきた「ホンネ」とは?
別の打合せ日時を設定し、筆者は加藤さんの妻・長女・次男が待つ、加藤さんの自宅を訪問することになりました。
遺産分割の件について、集まった家族の方々にお話を聞くと、長女と次男が重い口を開きました。
「うちではいつも父のいうことは絶対でしたらから、父が兄に全財産を渡すといっている以上、口をはさむ余地はないと思っていました。結婚して家を出た立場ならなおさらです。ただ、父と兄の間では、父が亡くなったあと、兄は奥さんと子どもを連れて実家に帰ってくることになっていたようですが、兄の奥さんと母親は折り合いが悪くて…。もし父がいなくなったら、母はいったいどうなるのか、それがずっと気がかりでした」
「子どものときからずっと、父親の財産は兄が継ぐものと思っていましたから、あてにしたことはありません。大学も奨学金で卒業しましたし、家も援助を受けずに自力で建てました。その代わり、両親のことは兄が見るべきだと思います。だから僕は、妻の両親を引き取りました」
話を聞いていると、ほかの相続人の複雑な心の内が見えてきました。加藤さんはそれを聞いて、再びショックを受けた様子でした。
「子どもたちがそんなことを考えていたなんて…」
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士
相続実務士®
株式会社夢相続 代表取締役
一般社団法人相続実務協会 代表理事
一般社団法人首都圏不動産共創協会 理事
一般社団法人不動産女性塾 理事
京都府立大学女子短期大学卒。PHP研究所勤務後、1987年に不動産コンサルティング会社を創業。土地活用提案、賃貸管理業務を行う中で相続対策事業を開始。2001年に相続対策の専門会社として夢相続を分社。相続実務士の創始者として1万4400件の相続相談に対処。弁護士、税理士、司法書士、不動産鑑定士など相続に関わる専門家と提携し、感情面、経済面、収益面に配慮した「オーダーメード相続」を提案、サポートしている。
著書86冊累計81万部、TV・ラジオ出演358回、新聞・雑誌掲載1092回、セミナー登壇677回を数える。著書に、『図解でわかる 相続発生後でも間に合う完全節税マニュアル 改訂新版』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『図解90分でわかる!相続実務士が解決!財産を減らさない相続対策』(クロスメディア・パブリッシング)、『図解 身内が亡くなった後の手続きがすべてわかる本 2025年版 』(扶桑社)など多数。
◆相続対策専門士とは?◆
公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。
「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。
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