加藤さんは、自分が長男であるため、親から全不動産を相続してほかの弟妹には分けませんでしたが、農家ではそうしたことが一般的なものだと力説しました。同様に、不動産をはじめとする全財産は長男に相続させればよいと考えており、長男も加藤さんの隣でうんうんとうなずいていました。
そこで筆者が、その配分では配偶者の特例が使えず、節税にならないという話をはじめ、一般的な相続での遺産分割について、加藤さんの家族構成を例に説明したのですが、まったく共感できない様子です。
「妻は長男より先に亡くなるでしょうし、長女は他家に嫁いだ身です。次男はサラリーマンとなって自分で家を建てて、嫁の親を引き取って暮らしています。ですから、財産は不要ではないですか?」
「長男は跡取りですし、私の土地で店を経営しています。これまでも不動産経営の手伝いをしてきてくれたので、長男以外への遺産分割は考えたこともありませんでした。妻はもちろん、長女も次男も、私の話に反対したことはありませんでしたし…」
筆者の説明対し、歯切れの悪い加藤さんでしたが、筆者の勧めに従い、ほかの家族にも意見を聞いてみることになりました。
長男以外の相続人が押し殺してきた「ホンネ」とは?
別の打合せ日時を設定し、筆者は加藤さんの妻・長女・次男が待つ、加藤さんの自宅を訪問することになりました。
遺産分割の件について、集まった家族の方々にお話を聞くと、長女と次男が重い口を開きました。
「うちではいつも父のいうことは絶対でしたらから、父が兄に全財産を渡すといっている以上、口をはさむ余地はないと思っていました。結婚して家を出た立場ならなおさらです。ただ、父と兄の間では、父が亡くなったあと、兄は奥さんと子どもを連れて実家に帰ってくることになっていたようですが、兄の奥さんと母親は折り合いが悪くて…。もし父がいなくなったら、母はいったいどうなるのか、それがずっと気がかりでした」
「子どものときからずっと、父親の財産は兄が継ぐものと思っていましたから、あてにしたことはありません。大学も奨学金で卒業しましたし、家も援助を受けずに自力で建てました。その代わり、両親のことは兄が見るべきだと思います。だから僕は、妻の両親を引き取りました」
話を聞いていると、ほかの相続人の複雑な心の内が見えてきました。加藤さんはそれを聞いて、再びショックを受けた様子でした。
「子どもたちがそんなことを考えていたなんて…」