プライバシーの侵害と安心安全の確保は両立しない
老人ホームでの生活は、プライバシーがない?
老人ホームでの生活は、プライバシーがなく、人やルールから束縛される生活。そう感じている読者も多いと思います。
多くの老人ホーム否定派から発せられる話の中には、「拘束されるのは、まっぴらごめん。自由に好きなように生きていきたい」と言います。たしかに、老人ホームでの生活は、老人ホームの都合に支配されるケースが目立ちます。
特別養護老人ホームや介護付き有料老人ホームの場合は、このことは顕著に表われます。(詳細は拙著『誰も書かなかった老人ホーム』参照)。食事時間や入浴時間など一日のイベントの多くは、ホーム側の都合で決定され、入居者はその都合に合わせなければなりません。そうはいっても、荒唐無稽な時間帯にイベントが設定されているわけではないので、ホームの都合に合わせることは、今まで普通の生活を送ってきている人にとってはストレスにはなりません。私も経験がありますが、作家の入居者などの場合や、昼夜が逆転して生活をしている人などの場合、介護付き有料老人ホームでの生活は慣れるまでには苦労をしそうです。
ここで読者の皆さんによく考えてほしいのは、プライバシーの侵害と安心安全の確保は両立させることが不可能に近い、という事実です。多くの老人ホームの運営方針は、入居者の安心安全を最優先させることにあります。安心安全を最優先するためには、個人のプライバシーは、一定レベルで犠牲になるのはやむをえないことだと思います。
その昔、私が働いていた老人ホームは、ホーム内のすべてのところに監視カメラ(当時は「見守りカメラ」と言いました)を配置し、職員が業務を行なう管理室で一元監視をするスタイルを取っていました。当然、全居室内もモニターできます。この見守りシステムのお陰で、入居者や家族に絶大なる信頼を得、高水準の入居率を誇っていたのも事実です。働く介護職員側も、このカメラのお陰で心配ごとを軽減することができました。たとえば、人手が極端に少なくなる深夜帯などで心配な入居者がいる場合などは、カメラの設定を変えて、重点的にその人のモニタリングで様子を観察をすることが可能でした。つまり、カメラの存在は、職員一人分程度の労力を持っていたと思います。多くの入居希望者やその家族に対し、このカメラ監視の仕組みを説明すれば、「入居させてください」「母をお願いします」と言われたものでした。
しかし、時代の流れと共に個人のプライバシーに対する認識が変わり、保険者である行政からは、「このカメラは入居者のプライバシーを侵害している」と言われ始めました。当時、私は、本社スタッフとして行政と協議をしていましたが、行政からは「入居者全員から同意書をもらうこと」という条件を付けられました。運用上、当初から、本人および家族からの同意書は存在しています。特に自立系の入居者の場合、居室内のモニタリングを希望されない入居者の場合は、当然カメラは居室には設置していませんでしたが、行政の要請は、全入居者つまり、認知症の入居者、寝たきりの入居者、すべての入居者から本人が署名した同意書を取らなければ許さないという指示だったのです。