60歳を定年退職とする企業がいまだに多い一方で、日本人の平均寿命は、毎年最高記録を更新していく。時代の変化に合わせ、「シニア人材」として雇う企業も増えてはいるものの、賃金の低下や降格など、「ただ消費されるだけ」の扱いに、辟易している人も多いことだろう。そこで本記事では、人材育成/組織行動調査のコンサルタント・西村直哉氏の著作『世代間ギャップに勝つ ゆとり社員&シニア人材マネジメント』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、シニア人材の現状を解説する。

「シニアはもう仕事ができない」ビジネス上の偏見

シニア(高齢者)という言葉にどのようなイメージを持っていますか。英語で高齢者といえばシニア・シチズンですが、カタカナのシニアは、高齢者という意味を持ちつつも、ジュニア(年下)の反対語として年上の意味で使われることもあり、あまりネガティブな印象はないでしょう。少年野球のリトルリーグでも、中学生になるとリトルシニアに昇格することもあって、必ずしも高齢者を意味してはいないようです。

 

しかし日本語で高齢者と聞くと、隠居老人のイメージがあります。実際に、国連の世界保健機関(WHO)の定義では、65歳以上を高齢者としているので、仕事を引退した人のイメージはあながち間違いでもありません。しかしながら、現在の65歳は、仕事は引退していても、見た目が若く活動的で、かつての「高齢者」のイメージにはそぐいません。

 

そのためでしょうか、2017年には日本老年学会が、高齢者の定義を「65歳以上」ではなく「75歳以上」に引き上げたらどうかという提言を行いました。75歳未満であれば、就労とかボランティアとか、十分に社会参加ができるというのです。この提言に対して「社会保障が縮小されるのではないか」と批判的な声が上がりました。

 

「高齢者」は身体的弱者として福祉の対象になっていますが、75歳未満はまだ元気だから高齢者にはあたらないとされてしまうと困る人も少なからずいるはずです。年を重ねたときの健康状態には個人の差も大きいため「まだ若い」という人と「もう若くない」という人が混在しているでしょう。それが、いわゆる前期高齢者(65~74歳)をめぐる昨今の議論です。

 

後期高齢者(75歳以上)に関しては、従来通りの高齢者のイメージでかまわないでしょう。2016年に厚生労働省が40歳以上の3000人に対して行った調査によれば、高齢者の定義を「70歳以上」だと考える人が41%で最多でした。以下、「65歳以上」が20%、「75歳以上」が16%、「60歳以上」が10%と続きます。「年齢は関係ない」という攻めた回答も8%ありました。

 

社会的にも「60歳で定年」「65歳から年金受給」、「70歳から医療保険の自己負担が2割」、「75歳から医療保険の自己負担が1割」と、状況に合わせて使い分けています。

 

実際、私たちは65歳になったからといって、急激に老け込むわけではありません。60歳になったから「定年退職」だとか、65歳になったから「高齢者」だとか、他人から一方的に決めつけられるのは不愉快でしょう。男だから育児休暇はいらないとか、女だから管理職に向いていないというのと同じで、ダイバーシティへの対応は、年齢に対しても相応に個別適応されるべきなのです。

 

そもそも、私たちの社会には若さを良しとして、老いをネガティブに感じる価値観がありますが、本当にそれは正しいのでしょうか。スポーツ選手が最も良い成績を残すのは確かに20代が多いのですが、経験が必要とされるたいていの仕事の場合は、そうではありません。ピカソが「ゲルニカ」を制作したのは55歳のときですし、モネが「睡蓮」の連作を数多く描いたのは60歳から80歳にかけてのことです。

 

実業界に目を向けても、遅咲きの成功者は枚挙にいとまがありません。現在、全世界に3万近くの店舗を持つマクドナルドコーポレーションの創業者、レイ・クロックがハンバーガーショップのマクドナルド1号店を開いたのは52歳のときです。それまではミキサーの販売会社の社長でした。

 

ケンタッキー・フライドチキンの創業者、カーネル・サンダースがフライドチキンのレシピでフランチャイズ・ビジネスを始めたのは、なんと65歳のときです。それまでは自らが経営するケンタッキー州のサンダース・カフェだけで、フライドチキンを提供していました。

 

日本に目を向ければ、日清食品の創業者、安藤百福が全財産を失い、世界初のインスタントラーメンの開発にたった一人で取り組み始めたのは47歳のときです。そして、成功した実業家だった伊能忠敬が隠居して、長年の夢だった天文学を学び始めたのは50歳のときです。当時、忠敬が弟子入りした天文学者の高橋至時は、忠敬よりも19歳年下の31歳でした。

 

ここで紹介した彼らはいずれも、当時は超高齢者と思われていた60代になってから人生における最高の仕事の成果を上げ、歴史に名を残しました。個人差もあるでしょうが、シニア人材は決してかつての功労者的な立場に収まるものではありません。彼らを現役の戦力として活用できるかできないかは、マネージャー(管理職)の手腕にかかっているのです。

 

「60歳」を超えても働かねばならない現実

とはいえ、現状では60歳を超えたシニア人材は、50代の頃よりも働きが悪くなっている例が散見されます。私はシニアマネジメントの研修を行っている関係で、数多くのシニア人材の実際の声を聞いてきました。その一端を紹介しましょう。

 

◆55歳~(役職定年を迎えた人たち)

 

「役職定年で役職も外れたし、もうお役御免だから、あとはそこそこ働いていればいい」

「もう出世はないし、給料は上がらないし、モチベーションも上がらない」

「若い人にあとを譲れと役職を降ろされたが、正直にいえば仕事のやる気がなくなった」

「生活のために働かなければならないと思っているが、やりがいはもう感じられない」

「年金がもらえる65歳までは働きたいと思っているが、その先の人生も不安」

「年齢は関係ない。いくつになってもやりがいを持って働きたいと思っている」

「若い人にはまだまだ負けられないし、おじさんの意地を見せてやりたい」

 

◆60歳~(定年後、再雇用の人たち)

 

「定年も過ぎて、気持ち的には引退した。あとはマイペースに働きたい」

「健康のことも心配なので無理はしたくない。そこそこ働ければいい」

「働き続けられるのはありがたいが、給料が下がったのでそれだけの働きしかしたくない」

「正社員ではなくなったので、言われたことだけやっていればいいかと思う」

「正直なところ、定年後はお金のためだけに働いている。やりがいはまったく感じない」

「せっかく働いているのだから、なんとかやりがいを見つけて仕事をしたいとは思っている」

「仕事を辞めたところでやりたいことはないし、嘱託(しょくたく)でも仕事をしているほうが楽しい」

 

ひとくちにシニア人材といっても、55歳以降の役職定年後に定年を迎えるまでの人たちと、60歳定年を迎えたあとに再雇用されて働き続ける人たちとでは、その心持ちもいくぶんか異なるようですが、全体的に意欲の低下が見られます。その理由をまとめると、以下のようになります。

 

① 役職定年で役職を外された

降格は、いかなる理由でもモチベーションを減少させます。たとえそれがあらかじめ決められていたルールであり、本人が納得していたとしても、降格前とまったく同じ気持ちで仕事に取り組める人はそれほど多くありません。ましてや、役職定年や60歳定年に伴って、給与まで減額されているのです。どうしたってやる気は出ません。

 

② 上司が年下である

年齢は実力や能力とは関係がないと頭では分かっていても、儒教的世界観が身についた日本人は、年長者が格上であるとの意識が染みついています。むろん、年下の上司からは年長者に対する敬意が払われるのですが、逆に年下の上司に対して十分な敬意を払えないシニア人材もいます。そのために上司との関係がぎくしゃくしてしまいます。

 

上司が年下である (画像はイメージです/PIXTA)
上司が年下である
(画像はイメージです/PIXTA)

 

③ 後進に仕事を譲らなければならない

人間は仕事を任されたときにいちばんやる気が出るものです。しかし、シニア人材は仕事人生の終わりが見えていることもあり、自分がいなくなっても困らないように、後輩に仕事を教えて、譲っていく立場です。それが会社のためになるとは分かっていても、一抹(いちまつ)の寂しさは拭(ぬぐ)えません。

 

④ 腰が痛い、疲れやすい、無理が利かないなど、健康不安がある

年を取るごとに確実に衰えていくのが身体機能です。毎日、運動をして鍛えているのであれば別ですが、そうでない人のほうが多いでしょう。以前と同じように仕事をすると疲れが溜まるのであれば、自然と仕事のスタイルも楽なほうに流れていきます。第三者からは、それが意欲の低下に見えてしまうのも仕方ないでしょう。

 

⑤ 目が悪くなり、小さな文字が見えず、暗い所では作業しづらくなった

年を取って最初に衰えるのが足腰、次に目と耳だといわれています。どんなに鍛えていて若々しく見える人でも、老眼と耳の聞こえにくさは避けられません。簡単に鍛えることができないからです。そのため、暗い所で小さな文字が見えづらかったりするのですが、それに気づかず作業効率が落ちている人が多いのです。

 

⑥ 記憶力が低下した

年を取ると、物覚えも悪くなります。まったく新しいことを覚えるのが難しくなるのはもちろん、昔はすぐに出てきた人の名前など、あまり使わない固有名詞が出てきにくくなります。ITの発達した現代ではスマホなどですぐに調べられるため、それほど問題にはならないのですが、本人が受ける精神的ショックが意外と大きいのです。

 

⑦ 定年再雇用によって正社員でなくなり、給与や福利厚生や処遇が悪化した

60歳定年後も同じ会社でそのまま働けるようになったわけですが、たとえ仕事が同じでも身分は同じではありません。嘱託社員や非正規社員として給与の減額はもちろん、正社員時代にあったさまざまな特権が奪われます。給与が下がったのであれば、仕事の成果も下がってもいいだろうと、易きに流れるのが普通の人です。

 

⑧ メーリングリストから外されたり会議に呼ばれなかったり、入手できる情報が減った

正社員ではなくなったことで、自動的に会社の機密情報にアクセスできなくなるシステムの会社も多いです。正社員限定のメーリングリストから外されたり、会議に呼ばれなくなったり情報の共有が減ると、会社の方向性が見えなくなって仕事もしづらくなりますし、やる気も低下してしまいます。

 

⑨ 職場の人間関係が希薄になった

昔は朝から晩まで、会社の上司や同僚と一緒に過ごしていました。昼は会社で夜は飲み屋で、仕事以外の相談や雑談、冗談も言い合って濃密な関係を築いていたのです。しかし、最近は飲み会が減り、社員旅行も皆無です。そのことに寂しさを覚えるシニアは多いものです。

 

⑩ 存在感の低下

正社員ではなくなったことと関連するのでしょうが、これまでは「〇〇さん」と慕ってくれていた職場の後輩から、なんとなく距離を置かれるようになったと感じているシニア人材が多いようです。役職もなくなったことで権力もなくなり、どうせ自分なんかと引け目を感じるようになると、会社への忠誠心も仕事のモチベーションも下がっていきます。逆に、他人はともあれ、自分自身はモチベーションも高く維持して働いていこうと思っているのに「60歳超の定年再雇用社員」として一括りにされて、「終わった人」たち扱いされることに不満を覚えている人もいます。

 

⑪ 再雇用後、これまでと違う仕事を与えられた

「長澤運輸」事件をご存じでしょうか? 横浜市の運送会社で、定年退職後に再雇用された社員が、定年前と同じ業務をしているのに賃金が2割下がったことを不当として訴えたものです。一審では運転手たちの訴えが認められ、実業界に衝撃が走りました。

 

再雇用後の賃金をそれまでと同額にしなければならなくなると、ほとんどの会社は収益の悪化が避けられないからです。幸いというか、高裁と最高裁では、会社側の主張する再雇用後の賃金引下げが認められましたが「同一職種同一賃金」を目指す働き方改革に水を差された格好になりました。それが影響したというわけでもないのでしょうが、定年後再雇用したシニア人材に対して、給与が下がっているのだからと、それまでよりも責任の軽い別の仕事を与える会社も出てきました。

 

ところが、責任が軽いために面白みを感じられず、新しいことを覚えるのが苦手なのに慣れない仕事を与えられたシニア人材が、かえってやる気をなくすケースが見受けられます。

 

 

西村 直哉

株式会社キャリアネットワーク代表取締役社長

人材育成・組織行動調査のコンサルタント

 

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