彼女が言いたかったことは何だったのか
それから数時間後、私が勤務を終えて着替えていると、救急車の音が聞こえてきます。どんどん音は大きくなって、どうやらこちらに向かっていることがわかります。実は、救急車を要請したのは看護師であり、対象者はNさんでした。看護師によると、居室を訪問した時には、すでに意識は混濁していたと言います。私は、玄関先で口に酸素マスクを掛けられ担架で救急隊によって運ばれていく彼女を見ながら、さっき何を感じてあのような話を私にしたのだろうか、と思いを巡らせました。翌日の午前中、結局、搬送先の病院で息を引き取りました。死因は呼吸器不全に伴う急性肺炎だったそうです。
その日の夕方、長男が居室の片づけに来ていました。立ち会った生活相談員の話によると、長男は、実の子供ではなく、養子だったと言います。子供のいなかったNさん夫婦は、養子をとって実の子供のように育てたようです。特にNさんは厳しかったと言います。長男は、居室の片づけなど手につかない様子で、Nさんの寝ていたベッドに腰を下ろして、ただただ、おいおいと周囲の人など気にも留めずに、泣いているだけだったと言います。
彼女の身に、何が起きていたのかなど、私が知る由もありません。よく言う「虫の知らせ」「死期を自覚することができた」ということなのでしょう。今にして思うと、「少し気にしておいてほしい」という意味は、助けてほしいということではなく、「これから死ぬのでよろしくね」という意味だったのかもわかりません。なぜなら、もし、助けてほしいという気持ちで言ったのであれば、これから病院に行くと言ったに違いありません。今でも私の脳裏には、右手で杖を突き、左手には在宅酸素のボンベを積んだ引き車を引く姿が焼きついています。
小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役
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