中国人エリートが、日本のサラリーマンに感じた「恐ろしさ」

本当は帰れるのにダラダラと会社に残る「残業泥棒」、決められたことしかできない「マニュアル人間」…。日本企業を見渡せばそこら中にいる「非生産的」なビジネスパーソン。彼らは今後世界から必要とされなくなります。本記事では、中国人キャリアウーマンの筆者が、会社にしがみつき続ける「雇われ人根性」から脱却し、自立した働き方をするための具体策を提案します。※本連載は『ながら起業 明日クビになっても大丈夫な働き方』(幻冬舎MC)から一部を抜粋し、改編したものです。

当時の日本は中国よりはるかに優れていたが…

私が初めて日本のビジネスマンと仕事をしたのは、今から25年ぐらい前です。当時、私は中華人民共和国の郵政省で国家公務員として、全国の郵便局ネットワークを構築する仕事をしていました。その中で、日本企業と組んでプロジェクトを進めることになったのです。

 

日本のビジネスマンと仕事をしてまず驚いたのは、2週間ごとに担当者が次々と交代することでした。新しく来た担当者は、いきなりプロジェクトの担当になったにもかかわらず、困っている様子もなく前任者の後を引き継いで作業を進めていくのです。そして2週間後にまた別の担当者が来て交代します。不思議なことに、途中でキーマンとなる人が抜けても現場はまったく混乱しません。

 

なぜ、そんなことが可能なのでしょうか。観察しているうちに、詳細が書かれたマニュアルを全員で共有しているから、作業が属人化していないことに気づきました。そのマニュアルさえ読めば担当者が交代しても混乱しないようになっていたのです。

 

また、そのプロジェクトは大小多くの企業が関わっていたのですが、すべての企業が足並みそろえて進められるのも、私から見るとあり得ないことでした。毎朝、朝礼で各企業が担当している作業を今日はどこまで進めるのか話し合い、夕方にその日の進捗状況を報告し合うという体制が整っていたのです。

 

これがもし中国なら、作業を勝手に進める企業もあれば、サボる企業もあったりして、てんでばらばらになっていたでしょう。プロジェクトは頓挫していたかもしれません。

 

これらの仕組みに驚きつつも、当時の日本は技術力も情報量も中国よりはるかに優れていたので、私は日本で働いてみたいという思いが次第に強くなっていきました。そして、1998年に日本のIT系の企業に就職するために来日したのです。

 

私は合理的で実力主義のイメージのある日本の企業で最先端の技術や管理の知識を学びつつ、世界で活躍できる人材になりたいと意気込んでいました。ところが、働くうちに、日本企業は自分たちの作ったマニュアル体制によって、世界から遅れをとっていることを感じるようになったのです。

 

確かに、日本企業のマニュアルやシステムは、担当者が代わっても、キーマンがいなくても、海外で作業を滞りなく進められるほど優れています。日本人のマニュアルやシステムを作り出す能力は、世界でもトップレベルでしょう。

 

インダストロン株式会社 コンサルタント

電気機器業種大手一部上場企業でグローバル事業シニアマネージャーを務め、中国子会社の買収や海外会社のM&A、事業提携等の業務をこなしつつ、夫が起業したインダストロン株式会社のコンサルタントを務める。
1994年に中国北京大学を卒業後、中国郵政省国家公務員として、全国ネットワークバンキングプロジェクト(現・銀聯カードのシステム基盤)に参画。来日後は住友金属、デロイトトーマツコンサルティング他において、オープン系システムの構築、日系企業の海外進出ビジネスコンサルティングに携わる。2010年には当時所属会社のグローバルビジネス推進への貢献により全社特別賞を受賞した。
会社で安定的な収入を得ながら起業で戦略的なキャリアを構築するという自らの働き方を「ながら起業」と命名。自由度の高い次世代の働き方として、提唱と普及に努めている。

著者紹介

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小野 りつ子

幻冬舎メディアコンサルティング

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