新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。都心部の大型書店は休業を余儀なくされ、出版業界も撃沈かと思われたが、売り上げ好調で予想外の健闘をしている。いま出版業界で何が起きているのか。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

本も買えるおしゃれな居酒屋に変身

書店の閉店が相次いでいる。全国の書店数は、1999年の2万2296店から2019年の1万1024店(アルメディア調べ)と、この20年間で見事に半減した。

 

街の小さな書店だけではない。郊外に展開するブックチェーンの主要店舗や、通勤客で賑わう目抜き通りの大型書店ですら、統廃合により姿を消したところもある。松林堂のように地域に深く根を下ろし老舗の廃業は、とりわけ出版不況の闇の深さを感じさせる。

 

大きな書庫と化した松林堂店舗では、翌日から在庫の整理が始まった。返品できるものは個別に版元と交渉し、返品できないものは神田の古本屋さんに相談。トラックでやって来て、それこそ二束三文にもならない値段でひきとられたという。

 

それから半年が過ぎた。当時は断っていたマスコミ取材に応じてくれたのも、店の後片付け一切を終え心の整理がついたからと言う。

 

「版元の営業の人から、『久しぶりに顔を出したらシャッターが閉まっている店がたくさんある』と聞かされていたので、けじめはきちちんとつけようと電話やハガキで告知したところ、たくさんの手紙やメールを頂きました。うれしい限りです。その8割が『どうして、また……』と驚いたものでしたね」

 

いちばん聞きたいのはそこだ。出版不況とはいえ、松林堂のような書店が店をたたまねばならない最大の理由はどこにあるのか。小田切さんは言う。

 

「amazonの台頭、サブスクリプションの影響などもありますが、上流で発行部数が減っているのが最大の要因だと思います。出版物の売り上げはこの20年間下がりっぱなしです。その結果、版元は昔のように本を発行しなくなり、取次も営業拠点を縮小し、書店に売り物となる本の質・量が来なくなった。もはや、立地の良さや店の営業努力だけではどうにもならないところまで来てしまったのです」

 

こうして一つの書店が消えた。しかし、松林堂の屋号は残った。7月末、書店はおしゃれな居酒屋に姿を変えた。経営者は小田切さんの次男、堅造さんだ。

 

「閉店した後にやりたいと意思表示がありました。屋号を残してくれたのは本当にうれしかったですね。私は経営にはノータッチ。今はビールを飲みにくるただの客です」と笑う。

 

居酒屋といっても、女性客が好む明るく清潔感あふれるカフェバーといった趣。最大の特徴は何と言っても、書店時代の雰囲気を味わってもらおうと、壁面に本棚を配したくさんの本を飾っていることだ。店の看板には、屋号の下に「ごはんとおさけ、と本」とある。

 

「インテリアとして飾っているのではなく、この本は購入できるんです。息子が取次を通さずに新古書マーケットなどから仕入れ、自分で値付けをして売っています。取次の意向が反映された配本(見はからい配本)ではなく、自分が売りたいと思う本を必要数だけ置く。これは実は、私が本当にやってみたかったことです。結構売れているようですよ」

 

小田切さんにはもう、店を閉じた寂しさは感じられない。肩の荷を下ろした開放感か、なんだかとても楽しそうだ。先ごろ、鎌倉で最も古く由緒ある「鎌倉同人会」から入会の誘いがあった。今後は御贔屓にしてくれたお客様へお礼と感謝の気持ちを、地域への社会貢献活動を通じて還元していきたいという。

 

平尾 俊郎
フリーライター

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