新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。都心部の大型書店は休業を余儀なくされ、出版業界も撃沈かと思われたが、売り上げ好調で予想外の健闘をしている。いま出版業界で何が起きているのか。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

老後の働き方にフォーカス「実話日記」シリーズ

表紙カバーを見るだけで、これだけ中身が透けて見える本も珍しい。『交通誘導員ヨレヨレ日記』(柏耕一著・三五館シンシャ発行)である。

 

全身から悲哀とユーモアがにじみ出る警備員のイラスト(作・伊波二郎)がいい。日本全国、工事中の路肩には必ずこういうオジサンがいて、道路の補修や住宅建設を縁の下で支えている。

 

柏耕一著『交通誘導員ヨレヨレ日記』(三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売)
柏耕一著『交通誘導員ヨレヨレ日記』(三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売)

頭上に「当年73歳、本日も炎天下、朝っぱらから現場に立ちます」のリードコピー。これで面白くないはずがない。ページをめくると案の定、交通誘導員のリアルな実態、理不尽な人間関係、高齢労働者ゆえの悲しみ・怒りなどが綴られていた。

 

著者の柏さんは、出版社勤務を経て編集プロダクションを設立し、その後編集者兼ライターとして生計を立ててきた人物。ワケあって数年前から警備会社に在籍し現場に立っているが、書く方が本業だ。

 

昨年7月に発刊するや、1年余りで7万6000部を突破した。設立3年目、大手取次会社に口座を持たない“1人出版社”の刊行物としては極めて異例といえよう。版元の三五館シンシャ、社長兼編集者の中野長武さんは売れた理由をこう分析する。

 

「すべて実話の生々しさでしょうか。素材が面白いからと、ルポライターが現場に潜入して書いているんじゃない。それで食っている人、ほかに逃げ場がない人に、給料の額、借金はいくら、奥さんとの仲に至るまで裸になって書いてもらった。われわれの生活と地続きのところが共感を得たと思います」

 

最初から大きな反響があった。新聞にサンヤツ(3段8つ割)の新刊広告を出すと売れ出し、その後、「NHKニュースウォッチ9」や朝日新聞の一面特集「老後レス時代」などに取り上げられ、労せずして書店から注文が舞い込むようになった。

 

「1~2回の重版はかかるとは思っていましたが、ここまで売れるとは本当にビックリしました。一番良かったのは発売時期だと思います。“老後2000万円”問題が物議を醸していたころ。そんな金あるわけないだろ、70過ぎてこんなに働いている人もいるんだからと引き合いに出されて」

 

イケルと確信した中野社長は、二の矢、三の矢を繰り出す。今年2月に『派遣添乗員ヘトヘト日記』(梅村達著)、6月に『メーター検針員テゲテゲ日記』(川島徹著)を発刊。老後の働き方とその実態にフォーカスした実話日記シリーズを展開し、どちらも3万2000部、2万6000部と売れて、出版不況どこ吹く風の快進撃を続けている。

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