病弱な両親の老後を看取った長女に、父親が継がせた都心一等地の自宅。それが原因で妹・弟と疎遠になりましたが、子のない夫婦は妻が相続した自宅で静かに生活してきました。しかし、妻が施設に入所したところ、疎遠だった妹が日参し「自宅は私が相続する、義兄に渡すのはおかしい」と詰め寄ります。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに解説します。

 

遺言書は公正証書がいちばん確実です。自筆の場合は、家庭裁判所で検認等が必要となるため、手間がかかります。H部さんには最初に打ち合せに来ていただく際に、妻の印鑑証明書や固定資産税の納付明細や登記簿謄本を持参するようお願いし、お預かりしました。それらの必要書類をもとに遺言書の原稿を作成し、公証役場と打合せをしましたので、H部さんに事務所へ来ていただいたのは1回のみです。原稿はファックスのやり取りで確認をすませました。

 

 

その後、H部さんの妻の体調のよさそうな日を選び、公証人と証人2人の3人と一緒に、妻が入所する施設へ出向きました。寝たきりというわけではありませんが、やはり弱々しく、起きあがるのもH部さんの手を借りて…といった状態でしたが、お話をすると言葉は驚くほど明瞭で、意識もはっきりしていました。

 

公証人の先生が読み上げた原稿の内容について意思確認すると、はっきり「そうです」と答え、自分の署名をし、遺言書は無事に完成しました。

 

この公正証書遺言を作成したことにより、妻が亡くなったときには遺言書で全財産を夫に相続させることができ、不動産の名義変更登記も可能になります。兄弟姉妹には遺留分の減殺請求権がないので、H部さんの妻の意思は確実に実現できるのです。遺言の執行者はH部さんとしました。

妻の思い通り、財産はすべて夫が相続できることに

筆者は仕事での遺言書の作成にあたり、これまで何度も公証人・証人と一緒に高齢者施設等へ出向いた経験があります。公証人がきちんと本人の意思確認をすることで、正式な遺言書が完成するわけですから、遺言者はみなさん緊張した面持ちで望まれます。

 

H部さんの妻も同様で、普段はほとんど寝たきりなのではないかと思えるほど、弱弱しく華奢なお体でしたが、言葉はしっかりしており、凛とした態度で署名をされたのが印象的でした。そして、書き終えると安堵されたようで、満足げに頭を下げられました。

 

廊下で筆者たちを待っていたH部さんも安心した様子で、わざわざ施設の玄関先まで見送ってくださり、帰る私たちに深々と頭を下げてくださいました。

 

奥さんが亡くなったとのお知らせがあったのは、それから2年後のことです。その後は、必要な書類を送付してもらうだけで、最終的な手続きを進めることができました。

 

H部さんは、「妻が亡くなって寂しいですが、遺言書を用意しておいたおかげで、これからも不安なく暮らせます。本当に助かりました」と、大変喜んでおられました。

 

 

※プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

曽根 惠子

株式会社夢相続代表取締役

公認不動産コンサルティングマスター

相続対策専門士

 

本記事は、株式会社夢相続が運営するサイトに掲載された相談事例を転載・再編集したものです。

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