患者たちが「やたら大人しかった」理由は…
■新米医師、いきなり医長をまかされる
昭和36年、私は東京医科歯科大学を卒業し、1年のインターン後、精神科の医局(神経精神医学教室)に入りました。そこで4~7カ月の新人教育を受けて、ぽんと現場に出されたのです。たった4カ月間で精神医学のなにが覚えられるでしょう? 確かに本はたくさん読みましたが、実技はなにもしていません。
それでも現場に出れば一人の医師として、頼られる存在になります。不安とやる気の入り混じった複雑な心持ちで、病院の門をくぐりました。
その病院は、福島県の病院でした。病棟が2つあって、それぞれに100人ほどの入院患者がいる、いわゆる閉鎖病棟です。おもに統合失調症などの精神疾患を抱えた患者があずけられ、ほぼ一生涯を閉ざされた病院内で過ごします。
一般に当時の精神病院は、奇声を発したりおかしな動作を繰り返したりする患者たちで殺伐とした雰囲気でした。しかし、私がそこで見た患者たちは、皆一様に表情がなく目はうつろ、声をかけても返事はありません。
というのも、それまで興奮状態になった患者は閉じ込めるしかなかったのですが、当時はちょうどクロールプロマジンやハロペリドールといった向精神薬が出まわりはじめ、あるいは電気ショック療法やロボトミー手術(前頭葉白質切除術)などがおこなわれるようになった頃でした。この病院の患者たちにも日常的にそうした薬が大量投与されており、それで大人しくなっていたのです。
たしかにおだやかではあるのですが、まるで生気を感じさせない人間が何十人も上着や毛布をかぶって大部屋にゴロゴロしている光景は、とても異様にうつりました。
看護師や職員たちはというと、薬のおかげで仕事がずいぶんと楽になったはずです。患者たちに食事を与え薬を飲ませれば、やることはなにもないのですから。詰所にいりびたって新聞を読んだり、編み物をしたり、お喋りをしたりして過ごしています。この光景にも、私は違和感を抱きました。
患者たちは朝、もそもそと起きてきて食堂で朝食をとり、薬を飲むと2階にある畳の大部屋に行ってなにをするでもなく過ごします。昼になると食堂へ降りてきて、昼食を終えると大部屋に戻って昼寝をします。
夕方になるとまた食堂へ降りてきて、夕食を終わると病室に戻って布団に入ります。ようするに、一日じゅう寝ているわけです。