薬物、お酒、ギャンブル…。いつの時代も人々を悩ます「依存症」「こころの病」の問題。本記事は医療法人社団榎会理事長である榎本稔氏の書籍『ヒューマンファーストのこころの治療』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、解説していきます。

「万引きしたらその場で捨てる」依存症のリアル

◆万引きがやめられない女たち

 

女性の依存症に多いのは、買い物依存、ギャンブル(パチンコ・パチスロ)依存、過食・拒食、そして最近とくに目立って増えているのが「クレプトマニア」(窃盗癖)です。窃盗が病気なのかと思われるかもしれませんが、国際疾病分類(ICD-10)にも「病的窃盗」として規定されているこころの病です。

 

窃盗にもいろいろありますが、クレプトマニアの場合はほとんどが「万引き」です。計画性はなく、スーパーやコンビニに入って手近なものを盗って店を出てきます。本人にお金がないわけではなく、盗んだものがどうしても欲しかったわけでもありません。盗みをはたらく瞬間のスリルや、成功した瞬間の満足感・高揚感に取りつかれているのです。

 

盗んだものをなに食わぬ顔で持ち帰る常習者もいますが(日用品の8割を万引きでまかなっていたとする者もいました)、店を出たとたんに後悔の念にさいなまれその場で捨てていたとか、まれに現場に返していたという者すらいます。利益のためではなく、万引きという行為そのものに依存している証しです。

 

都内在住のある50歳の女性は、夫と子どもが3人いる見た目にはごくふつうの主婦ですが、万引きで何度も警察につかまりました。最初の万引きは学生時代、同級生が何度もやっているのを見て「あんなに簡単に盗めるんだ」と好奇心から自分もやってみたのだといいます。案の定見つかることもなく1回きりで終わったそうですが、そのときの緊張と興奮はこころに強烈に刻まれたのでしょう。

愛する家庭を壊しても「万引き」をやめられない

それから何十年も経ったある日、夫婦間の不和やママ友同士の人間関係のストレスが重なって、ふとした出来心からお菓子を盗んでしまいます。その瞬間、学生時代の記憶がフラッシュバックのようによみがえり、スイッチが入ってしまったのです。それからというもの、チャンスがあると「やってみよう」という衝動を抑えられなくなったそうです。

 

何度も警察につかまり、そのたびに夫が呼ばれ謝罪します。夫に離婚されてしまうかもしれない、家族も崩壊してしまう――わかっていてもやめることができません。自己嫌悪にさいなまれ「死にたい」とすら思うようになり、でも気がつけばまた棚にある商品に手が伸びているのです。

 

彼女はインターネットでたまたま「クレプトマニア」というこころの病があることを知り、また夫に「専門病院できちんと治療を受けなければ離婚する」とまで言われ、やっとの思いでクリニックにやってきました。

 

彼女のような人たちを、私たちはどうあつかったらいいのでしょう?

 

警察に何度つかまっても懲役を科されても、彼女らは万引きをやめられません。被害にあったスーパーやコンビニは出入り禁止になるでしょうが、そうなればほかのお店でやるだけです。社会生活を送ろうと思えば買い物をしないわけにはいきませんから、依存の対象(お店)に近づくなというのも現実的ではありません。やはり、本人と周囲がこころの病であることを自覚して、治療を受けるほかはないのです。

 

とはいえ、これは依存症全般にいえることですが、治療にはたいへんに根気がいるうえ「どれだけ取り組めば完治する」という見込みも立たないのです。アルコール依存症には「抗酒薬」(服用しているあいだはお酒を受けつけなくなる)がありますが、クレプトマニアには「窃盗抑止薬」などはありません。スーパーもコンビニもないような人里離れた病院に入院しても、退院すればまた同じような環境に戻ってしまいます。

 

では、どうするか? まずは通院とデイナイトケアで、正しい生活のリズムを作ることから始まります。睡眠や食事、日々の行動の不規則でこころと体のバランスを崩し、ストレスから衝動的に盗んでしまうケースが多いからです。また、さまざまなプログラムを通じて「盗まなくてもこころの平静を保てる生きかた」を学んでいきます。

 

それから、行動にいたるきっかけ(引き金)を探し、それを回避するための対処方法を学びます。日常生活で買い物をしないわけにはいきませんが、たとえば本人が「店員の監視が手薄とわかるとついやってしまう」傾向に気づいたならば、あえて店員が多い時間帯やお店を選ぶといったリスクマネジメントが可能になります。

 

医療機関での治療を終えた後は「自助グループ」に参加して、互いに悩みを打ち明けたり報告しあったりということを継続します。依存症はしばらくおさまったように見えても、いつどんなきっかけで再発してしまうかわかりません。同じ経験や悩みをもつ人たちとの人間関係のなかで「やめ続ける努力」が必要になるのです。

 

衝動が抑えられない
衝動が抑えられない

「『病気』ということにしてかばうのか!?」

◆刑罰でこころの病は治らない

 

依存症には法律に抵触するものが少なくありません。薬物依存はいうにおよばず、性依存なら正当な方法で欲求を解消しているぶんには誰にも迷惑をかけませんが、痴漢やのぞきや盗撮になると一線を越えます。クレプトマニアが依存する窃盗などは、まさに犯罪そのものです。

 

こうした行為を繰り返す人たちを「依存症患者」としてケアする仕事をしていると、世の人たちからはこんなふうに言われることがあります。

 

「お前は医者として犯罪者を『病気』ということにしてかばうのか!?」

「犯罪者は刑務所に入れておけばいいんだ。治療など必要ない!」

 

まず、私は犯罪行為を「病気」を理由に「無罪にせよ」と主張しているわけではありません。一人の精神科医としてそうした行為が繰り返される背景に、依存症というこころの問題があるのだという、医学的な見解を述べているに過ぎません。

 

また「犯罪者は刑務所に入れておけばいい」に関しては、反論があります。犯罪を行った人を刑務所に入れるのには、ペナルティという意味あいのほか、まっとうに更生させて社会に復帰させるという目的もあるはずです。しかし、犯罪行為が依存症によるものだった場合、刑務所に入れておく「だけ」ではぜったいに更生しません。

「失うものがなくなった」とき、再犯率は高まる。

たとえば、警察庁の統計資料(※1)によると、平成27年に覚せい剤で検挙された人は1万1022人ですが、そのうち再犯が7147人(64.8%)でした。再犯率は高齢になるほど高くなり、40代で72.2%、50歳以上では83.1%にものぼっています。

 

彼らは反省していないのでしょうか? 経験からいえば、刑務所を何度も入ったり出たりする者の多くは、本当の意味で反省はしていません。反省するということは、自らのこころの底を見つめなおし、なぜそのような行為にいたってしまったのかを考え、被害者の心情に思いを寄せ、周囲の人たちの信頼を裏切り迷惑をかけてしまったことを悔い、二度と同じ過ちを繰り返さないと誓うことです。

 

刑務所に入れられた「だけ」で、自力でここまでできる依存症者はまずいません。弁護士から「反省の態度を見せておかないと、罪が重くなるだけだぞ」などとアドバイスされるので、いちおうはしゅんとしたり謝罪をのべることはあるでしょう。それでも、こころは自己中心的な考えに支配されていて、自由になれば「またやりたい」という欲望を抑えきれないのです。

 

逮捕されたことが周囲に知られれば、多くのものを失います。友人ははなれていき、勤め先は解雇されるかもしれません。家族が口をきいてくれなくなったり、離婚されることもあるでしょう。示談金や罰金で、たくさんのお金も出ていきます。

 

それによって、自分がしたことの重大さを思い知るかもしれませんが、それも最初の1度か、せいぜい2度まででしょう。3度、4度……と繰り返すうちに、失うものはなくなっていき、どんどん歯止めが利かなくなってしまうのです。

 

刑務所にいるあいだは、犯罪行為はありません。しかし、現実に彼らをずっと刑務所につなぎとめておくこともできないはずです。所定の刑期を終えれば、彼らはふたたび社会に出てきます。そして、またすぐに同じことを繰り返し、刑務所にまい戻るのです。どれだけ依存するモノや行為から離れていても、それができる状態になると、理性では抑えきれないのが依存症の恐さなのです。

 

「懲りないやつは何度でも刑務所に入れればいいんだ」と、お思いかもしれません。しかし、受刑者をやしなうコストもばかにならないのです。どこまでを経費に含めるかによっても違ってきますが、受刑者1人を収容するのに月40万円程度のコストがかかっているともいわれます。もちろん、すべて私たちの税金でまかなわれます。

 

依存症による犯罪の場合、刑務所に入れておくことが更生につながらないこと、税金の負担も少なくないことは、数字のうえからも明らかです。ペナルティは必要ですが、更生のためには「治療」も必要なのではないでしょうか?

 

※1 平成28年上半期における薬物・銃器情勢(暫定値)警視庁刑事局組織犯罪対策部・薬物銃器対策

 

 

榎本 稔

医療法人社団榎会理事長 医学博士

 

ヒューマンファーストのこころの治療

ヒューマンファーストのこころの治療

榎本 稔

幻冬舎MC

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