「会社のせい」と言うが本人は優秀な人物でもなかった
◆5度も切腹した銀行員
「自分にはほかの人にはない確かな能力があるのに、職場がぜんぜんそれを認め生かしてくれないんです。どう見ても自分に不向きな仕事ばかりをやらされる。それがストレスになって、こんなことになってしまったと思います。職場がもっと適材適所の人事をしてくれていれば、病気にならずに済んだのに……」
うつ病の診断を受けてデイナイトケアに通っている39歳の男性は、自分がなぜ病気になったのかを考えるプログラムで、こう打ち明けました。
大学を卒業して大手銀行に入行した経歴は、世間的に見れば“勝ち組”に入るのかもしれません。が、正直なところ、本人がいうほど優秀な人物であるようには思えません。おそらくは本人の自己評価と、世間の評価に大きなギャップがあったのでしょう。
彼は仕事ができないのを「会社が自分の能力に適した仕事を与えないからだ」と考え、ストレスを募らせていきました。そうしてあるとき、ストレスが臨界点に達してカッターで自分の腹を切ってしまったのです。
ワイシャツは鮮血で真っ赤に染まり、職場はパニックになりました。社内では「あの人は気が狂ったみたいだ」などと噂がたちましたが、ひとたび「うつ病」という診断名が下ると周囲は納得し、同情的に気づかってくれました。彼は会社の規定で半年間の療養期間を与えられ、十分に休養した後職場に復帰しました。
ナゼ?「彼はまた職場で腹を切ってしまいました。」
ところが、いまのご時世どの業界も激しい競争を繰り広げていますから、半年間も職場から離れていると、なかなかキャッチアップできません。
本人は第一線で活躍したいし、自分にはその能力があると自負している。けれども、職場はもともと彼にそれだけの価値を見出していなかったのだと思います。ましてやうつ病になって腹を切ってしまった人ですから、とても責任ある仕事を任せられません。そのことがストレスになって、彼はまた職場で腹を切ってしまいました。
彼の勤務先は労務管理のしっかりとした企業ですから、病気を理由にリストラをされることはありえません。彼はふたたび休暇をもらい、療養生活に入りました。
職場に行かなければストレスはありませんから、普段の彼はいたって元気にしています。収入面でも多少は減額されるとはいえ、もともと年収1000万円クラスですから余裕があります。彼女とデートをしたり、海外旅行に行ったりと優雅なものです。
そうして療養期間を終えて職場に復帰すると、またうつ病を発症して腹を切ってしまう。彼はこんなことを、なんと5回も繰り返したのです。
「切腹」への激しい依存…彼の生い立ちが関係していた
彼を見ていると、うつ病というより依存症の傾向が強いように思います。最初の1回こそストレスから衝動的に腹を切ったのでしょうが、それで周囲が気づかってくれたり有給休暇がもらえることを知って、嫌なことがあると現実と向き合わず、腹を切って逃れる思考が出来上がってしまったのだと思われます。
彼自身の生い立ちを聞いてみると、一人っ子で、子どもの頃から仲間と競い合ったりケンカをしたり、先輩から叱られたり鍛えられたりといった経験がなかったといいます。学生時代までは「あなたはオンリーワンの存在なんだ」と大事に育てられてきたのに、社会人になって、いきなり実力主義や上下関係の厳しい世界に放り込まれてしまったのです。
多くの人はそこで「社会とはこういう厳しい世界なのだ」と思い知って、一人前の社会人に成長していくのですが、うまく適応できなかったりストレスに耐えきれるだけの強さがないとうつ病や依存症になってしまうのです。
日本では1980年度から2010年頃まで「ゆとり教育」が採用されました。暗記中心の「つめ込み教育」や「受験戦争」が子どもたちのストレスになったとして、学習量を大幅に減らし、競わせたり規則で縛らない学校指導が実施されました。
この方針は学力低下が顕著になって近年見直されましたが、ゆとり教育を受けて育った世代が親になり「モンスターペアレント」になっています。学校のことで子どもが少しでも不満をもらすと、親が乗り込んできて教師に猛抗議するのです。先生たちはすっかり委縮してしまって、子どもたちをまったく叱れなくなっているといいます(そのことでストレスを感じ、うつ病になってしまう先生もまた多いのです)。
ゆとり教育が良かったのか悪かったのかの判断は教育評論家にまかせますが、精神的に未熟なまま社会人となる人は、今後ますます増えるでしょう。一方で、経済はますますグローバル化が進み、企業は世界を相手に競争を繰り広げています。社員に求められる能力や仕事量のハードルは、どんどん上がっていきます。このギャップが今後どのような状況をもたらすかは、火を見るよりも明らかです。
依存症に似た「新型うつ」日本で患者急増の理由は…
◆新型のうつが増えている
仕事上のストレスが原因で自分の腹を切ってしまった男性は、その後5回も休職と復職を繰り返しました。いま、彼のようにうつ病の診断を受けてひんぱんに休職する人(頻回休職者)が増えています。
2000年頃までは「頻回休職」ということばはありませんでしたし、ケースとしてもほとんど聞きませんでした。
もちろん、昔から「うつ病」はあります。これは人口の2~3%の人がわずらってしまう病気で、医学的にも証明されています。しかし、現在国内でうつ病の診断を受けている人(受けたことのある人も含む)は100万人で、一説には「実際にはその3倍はいる」ともいわれています。これは人口の7~8%にも相当する人数で、明らかに多すぎます。しかも、こんなに増えだしたのは、ここ10~15年のことなのです。
私はいま急増しているのは原因不明で発症する従来のうつ病とは異なる、社会文化的背景をもった依存症に似た「新型うつ」であると見ています。
昔は、うつ病は「個人の問題」であるとされていました。医学的には一定割合の人が原因不明でかかってしまう病気ですから、その認識は間違っていません。ところが、ある出来事をきっかけにその認識がガラリと変わり、うつ病が「社会の問題」になったのです。
日本人の「うつ病」への認識を激変させたひとつの事件
ある出来事というのは、2000年に最高裁判断が出た労災認定裁判です。1991年8月、大手広告代理店勤務の24歳の男性が自宅の浴室で首をつって自殺してしまいました。
男性は前年4月に入社したばかりの新人でしたが、相当な激務を強いられていたようです。家族は「息子が自殺をしたのは過労が原因である」として、労災を認定するよう裁判に訴えました。
1・2審では男性が「もともとうつ病にかかりやすい性格だった」などの理由で賠償額の減額を認めていましたが、最高裁ではそれが「判断の誤り」として破棄され、会社側の責任を全面的に認めました。
当時、日本では毎年3万人もの自殺者を出して深刻な社会問題になっており、“karoshi”(過労死)が英国のビジネス紙にも掲載されたりしていました。そうした背景もあってこの判決はうつ病と自殺を結び付け、「うつ病は個人の病気ではなく、社会全体の問題なのだ」という認識が一気に広まったのでした。
「会社が働かせすぎるから社員がうつ病になるのだ」と批判されることを恐れ、企業もはれものに触るような対応をするようになります。といっても、企業側に対応のノウハウはありませんから、実質は精神科に丸投げです。一方、社員側も「働きすぎたり人間関係でストレスがたまるとうつ病になってしまう」という認識が根づいて、少し嫌なことがあって落ち込んだり、体調不良が続くと「先生、うつ病になってしまいました。診断書をください」と相談にやってきます。
うつ病になると会社が配慮してくれ、直面する困難から逃れることができる――人間は誰しも弱さを抱えていますから、そこに逃げ道があるとわかると容易に逃げ込みたくなるものです。
これはいい/悪いをいっているのではありません。制度によって救われる人が大勢いるのも事実です。ただ、それによってうつ病の診断を受ける人が、医学的に根拠をもった数よりもはるかに多くなってしまったのもまた現実です。
もちろん、なかには制度を悪用して、明らかにズル休みのために診断書をもらいにくる人もいます。企業や世間は「ズルかどうかは精神科医がプロの視点で判断して欲しい」というかもしれません。ですが、精神科の病気は詐病を完全に見破るのは困難です。
とくにうつ病の場合は「ICD-10」(国際疾病分類第10版)という診断システムで、本人が該当する症状を訴えて2週間改善が見られなければ「うつ病」と認定する決まりになっています。血糖値やコレステロール値のように、客観的な数値で証拠が出せないところが、精神科の取りあつかう病気の難しさです。
「ICD-10」は国連の機関が採用している国際基準であり、日本の厚生労働省もこれに則って診察するようルールを作っています。しかし、こころの病はその国その土地の社会制度や、文化風習を背景として出てくるものです。つまり、欧米社会のうつ病と日本のうつ病は、原因も症状も異なるはずです。それをグローバル化の名の下になにからなにまで統一してしまっているのは、問題があるかもしれません。
榎本 稔
医療法人社団榎会理事長 医学博士