誰も住んでいない自宅を有効活用できない
老人ホームの入居者の中には、誰も住んでいない自宅をそのまま放置している方が少なくありません。私が勤務していた老人ホームの入居者の中にも、かつて住んでいた自宅をそのままにして、老人ホームで生活をしていた入居者が多くいました。中には、毎年数回、専門業者に庭の手入れや、宅内の掃除などを依頼している入居者もいました。
私は当時数名の入居者に対し、「家は誰も住まないと傷みます。思い出の家を売るというのは忍びないので、誰かに貸したらどうでしょうか。少なからず家賃も入り、経済的には有効だと思いますが」と聞いたことがあります。しかし、全員からの回答は「今のままでよい」ということでした。
ある人は、近くにいるお子さんとは別々に住んでいて、経済的にもお互いに依存し合う状態ではないようでした。平たく言うと、お互いに今の生活を維持するために必要な資産は十分に持っているということでした。老人ホームに住むために必要な金融資産は十分にあるので、わざわざ貸さなくても問題はない、ということのようです。またある人は、すでに自宅などの不動産を含む自分名義の財産の管理は、息子夫婦がやっているので、自分にはもう口を出すことができない、ということでした。これも、息子夫婦の判断に従うことが、自分にとって一番有利な生き方であるということなのでしょうか。
入居者の自宅を有効利用しない理由はさまざまですが、全員に共通している理由が一つあります。それは、万一の時は「自宅に帰る」という選択肢を持ちたいということです。万一の時とは、老人ホームが潰れてしまった時とか、どうしても我慢することができないことが起きて退去しなければならない時、などです。
多くの入居者にとって、老人ホームとは終の棲家という気持ちで入居するものです。が、それとは裏腹に「いざ」という時は自宅に戻るということも頭にあるのだということに、その時気づかされました。自虐的な言い方になりますが、実は老人ホームの入居者は、老人ホームに対し100%の信頼は持っていないのだ、ということです。