事業承継における民事信託の活用法は様々
「民事信託」は、本当にありとあらゆる局面において活用できるツールであり、事業承継に関しても様々な活用法が考えられています。
信託する財産についても、金銭や不動産ばかりではなく、自社株式はもちろん、事業そのものの信託も可能ですし、認知症対策と相続対策を同時に実行でき、さらに従前の法律では不可能であった数次先までの財産取得予定者を決めておく「受益者連続型信託」を活用すれば、家督相続的なことや、再婚の際の遺産争い防止策なども可能となるのです。
しかし、未だに世間における民事信託への理解度は極めて低く、その本質や重要性を理解できていない者が大多数であることを、誠に残念に思っています。
民事信託を活用することによって初めて実現できる事業承継のスキームは無数に存在しており、種類株式を併用すれば、関係者が「こうしたい」と願っていることが、不法なことや不当なことでない限りは、ほぼすべて実現できると考えても決して間違いではないのです。
その意味から、我が国においても、一日も早く民事信託を正しく理解し、普及を図ろうとする人が増えることを心から願うものです。
相続関係が複雑な家系の事例
株式会社矢代不動産(Y社)は、現経営者である矢代忠義(68歳)の亡父義蔵が、先祖代々受け継いできた資産を元手として設立した宅建業者で、忠義は、オーナーとしてY社株式の大半を所有する他、会社名義及び個人名義で相当額の不動産(自宅や収益マンション等)や、投資のための上場株式を多数所有しています。
忠義には、前妻と死別後に再婚した妻で、専務取締役として忠義と一緒にY社を経営している恵子(50歳)、前妻との間の長男でY社取締役の茂義(38歳)、別の仕事をしている二男博義(35歳)がおり、忠義は会社株式と個人財産を最初は恵子に、次に茂義に、その次に茂義の子の賢太(10歳)に、家督相続的に承継させたいと考えていますが、その方法を思い付かないままでいました。
また、忠義は最近、軽い脳梗塞で入院したことを機に、そろそろ経営の第一線を退き、とりあえず恵子に代表取締役の座を譲って「隠居」したいと考え始めているのですが、株式の評価額も不動産の価格も高いので、妻や長男への生前の財産移転については戸惑っており、結局は現時点で何の対策もしていない状態です。
しかし忠義は、恵子には前の夫との間の子で、今は全く交流がない道夫がいるため、今後の相続で矢代家の財産は分散することがわかっており、茂義と博義の兄弟仲が良くないことも含めて、強く懸念 しています。
[図表]矢代家関係者血族図
次回は、矢代忠義が相続対策を何もしなかった場合、民事信託による対策を練らなかった場合について見ていきます。