3人の孫のうち「医院を継いでくれる孫」を援助したい!
産婦人科医である玉本房江(70歳)は、20年前に急死した夫が設立した医療法人清潤会玉本レディースクリニック(S法人)を引き継ぎ、理事長兼院長として苦労しながらも診療所を維持してきましたが、一人息子である周治(45歳)が医学部に合格することができないまま一般企業に就職しているため、房江は孫の紗理奈(16歳)、樹里奈(15歳)、和歌奈(12歳)のうちの誰か一人でも医師となってS法人を承継してくれることを、将来への希望としています。
そして3人の孫のために学費はもちろん、医師になるためのあらゆる金銭的援助をするとともに、暦年贈与として毎年110万円を、それぞれの孫名義の銀行預金に入金し続けていますが、今の心配事は自分が認知症になった時に、孫たちへの援助や贈与ができなくなると聞いたことと、これまでにしてきた暦年贈与が「名義預金」と呼ばれる国税から否認される可能性があると知ってしまったことです。
また、房江は多額の生命保険に入っており、その死亡保険金の受取人を長男の周治にしていますが、本心では3人の孫のうち、医学部に合格して医師となる可能性のある者に渡したいと思っています。
[図表1]玉本家関係者血族図
房江を委託者兼当初受益者、房江が最も信頼している、孫たちの母である幸子を受託者、周治を二次受益者兼受益者代理人、そして周治の次の三次受益者を決める「受益者指定権者」をS法人とし、一定額の金銭及び生命保険契約の満期保険金と解約返戻金の請求債権を当初の信託財産とする信託契約を締結し、さらに周治を委託者兼当初受益者とする死亡保険金債権信託予約契約を別途に締結します。
[図表2]暦年贈与&生命保険信託
このスキームは次のように実行されることになります。
①房江が健常な間
房江自身が、適宜に孫たちに対する教育資金贈与や暦年贈与を行います。
②房江が加入している生命保険が満期になったり解約された時
満期保険金や解約返戻金は、一旦は房江に入りますが、必ず追加信託財産として受託者である幸子に移転されます。
③房江が認知症になった後
幸子が受託者として管理している信託財産の中から、受益者代理人である周治の贈与指示によって、期待権者である孫たちへの贈与が行われます。ただし、機械的に全員に一定額を贈与するのではなく、教育資金については大学入学時など必要に応じて、暦年贈与については3人の孫たちの成績や生活態度によって、贈与の可否を受益者代理人である周治が毎年決定することとします。
④房江が死亡した時
受益権は二次受益者である周治に、房江の委託者の地位とともに移転し、周治が受け取る死亡保険金は、支払いと同時に信託財産として受託者である幸子に移転されます。
⑤その後
周治が自らの意思で3人の子たちに教育資金贈与や暦年贈与を行います。また必要であれば房江の時と同じように受益者代理人を新たに設定して、周治が認知症になったとしても贈与が継続できるようにしておきます。さらに周治や幸子が加入している生命保険についても信託の対象とします。また幸子も高齢となりますので、幸子に代わる予備受託者を選任しておきます。
⑥周治が死亡した時
受益者指定権者であるS法人の決定により、次の受益者が決まりますので、実質的にはS法人の後継者となる者が指定されることになります。
⑦信託の終了
民事信託契約締結段階において、将来の信託終了事由を想定して詳細に決めておき、最終的には三次受益者である孫等に受益権が移転し、孫等が信託を終了できるようにしておきます。
最初の契約内容を誤ると、永久に終わらないリスクも…
このように、民事信託は、ほぼ万能とも言える程に様々な使い方ができます。しかし、民事信託は、場合によっては数十年にわたって続く契約となりますので、最初の契約内容を誤ってしまうと、途中で予期せぬ事由で終了してしまったり、終了時に莫大な税金がかかってしまったり、逆に永久に終わることができなくなってしまったりするリスクがあります。
いわば民事信託は、長編の「芝居」のようなものと言えるでしょう。芝居の登場人物が欠ければ直ちに代役を立てなければなりませんし、ストーリーが破綻して突然幕が下りても困りますし、永遠に幕が下りなくても困るのですから、完璧な脚本が求められるのです。
そのため、民事信託を導入しようとする際には、その効力が絶大なだけに、より慎重に未来を予測して設計する能力を持った専門家の助力を得て行うことをお勧めしますが、残念ながら、まだそのような能力を持った専門家は数少ないようです。