ハゲた、卑屈になった、モテなくなった
そんな感じで、私の場合、うつとハゲは同時にやってきました。
うつ状態になったということは、やはり自律神経のバランスがおかしくなっていたんだと思います。すると、血流も悪くなって、毛根がダメージを受ける。それで、髪のコンディションが狂って、頭髪が薄くなる。すると、それを気に病むから、またハゲが加速する。
抜ける、悩む、また抜ける、もっと悩むという悪循環が始まってしまいました。
うつが先か、ハゲが先か。
たまごが先か、ニワトリが先か。
いや頭の中はハゲが先。
始まりはいつもハゲ。
今となってはもうわかりませんが、ストレスが頭皮になんらかの悪影響を与えていたことは確かです。
さて、そんなわけで、私が思春期から恐れていた抜け毛が、とうとう現実のものになってしまいました。それが、ついに20代後半で勃発したとき、いちばんはっきりと自覚したのは、自分が卑屈になっているということでした。
人とすれ違って目が合っただけで、「あれ、なんか今チラッと見た?」とか、「どうせ俺の頭を見て、薄いって思ったんだろう」とか、言われてもいないことを考えてしまいます。冷静に考えれば、そんなことを思われるシチュエーションじゃないのに、勝手に頭の中でイヤなストーリーができ上がってしまうのです。
そういう被害妄想が渦巻いているので、とくに女性には「なるべく近づきたくない」という思いが顕著でした。もう恐怖心に近いものです。
(あまり近くに寄ると、薄毛がばれてしまう……)
ばれるかばれないかなんて、別に異性に限ったことではないんですが、男よりも、女性の私を見る目が鋭くなったように感じました。そして、ばれたら絶対に軽蔑されて、嫌われてしまうと思い込んでいました。
自衛三原則として、「女性の近くに行かない」「女性の前で下を向かない」「女性が立っているそばで座らない」という行動指針を、とくに自分の好みのタイプに近い女性に対して無意識に徹底していました。お辞儀をするときも、顔を前に向けたまま、ヘッピリ腰で上体を傾けるありさまです。そんなことをやっていると、余計に変な目で見られるのでしょうが……。
でも、当時は〝禁断の秘密〟を守ることで精いっぱい。しかも、頭のなかは悪い妄想ばかりでした。近くで話すことさえ避けているくせに「もう女性には相手にしてもらえないだろう」と思い込み、ライバル視している男に対しては、何かと劣等感が湧き上がります。実に不健康極まりない心理状態です。
最近のことですが、テレビの番組で、アンケートをもとに「男のハゲを気にしない女性の割合」を紹介していました。20代、30代でも、何割かの女性はハゲを気にしないということでした。いやこれは、「何割も」と言うべきでしょう。しかも、私と同じ40代になると、なんと7割ぐらい。60代になると、もはや100%の人が、ハゲを気にしないと言ってくれているそうです。
私は「本当かな?」と疑いながら見ていて、決定的なことに思い至りました。その女性たちは、「清潔感があって、明るいハゲには抵抗がない」のです。しかし、不潔でジメーッと暗いハゲは、やっぱりモテないのです。
いくら「ハゲでもいい」と女性が言ってくれていても、それは山下選手のようなナイスガイの場合であって、当時の私のようにコンプレックスのかたまりのハゲを、同列に論じることはやはり無理なのです。
その頃の私がまさにそうだったように、髪にコンプレックスを抱いていると、他人の視線が気になり、近づきたくなくなります。女性に好意をもって付き合いたいなと思っていても、「自分は髪が薄いから」とアプローチしなくなってしまいます。女性にまでそうなのですから、行動全体がアクティブなものではなく、ネガティブになります。人前に出て笑っているときでも、気持ちが別のところにあるので、表情はあまり豊かにはなりません。仕事でも自信がなくなるので、うまくできていたはずのことができなくなります。ますます女性に軽蔑されます。
ああ、まったく、ハゲはリア充から縁遠くなるばかり。いっそハゲきったら腹も据わったのかもしれませんが、ずっと中途半端にハゲ散らかしていた薄毛の私は、気持ちまで中途半端なままでした。