エンジニア3人の場合、コストは月額120万〜200万円
「どこで?」の疑問が解消されたら、次は当然「いくら?」という話になるでしょう。ここでは、ベトナムにオフショア開発の拠点を設けた場合のコスト例をご紹介したいと思います。
お伝えしたように、体制構築には通常コンサルティング会社を利用することになりますが、オフショア開発ルームを設置するコストの内訳は、大きく次の三つの柱に分けられます。
①作業環境:システムおよびインフラ設置・維持費用
②場所:事務所および運営管理費
③人:エンジニア人件費
①の「作業環境:システムおよびインフラ設置・維持費用」とは、仕事に必要な設備を揃え、維持するためのコストです。開発ルームは空っぽの状態ですから、そこにエンジニアたちが仕事をするうえで必要なオフィス家具やパソコンなどを運び込み、ソフトウエアをインストールしたりする必要があります。つまり、次のような内容です。
●業務用ソフトウエア
●Workstation/Server/他周辺機器(UPS等)
●複合機・シュレッダー
●Router/開発ルーム内ネットワーク
●打ち合わせ用(コミュニケーション)ツール
●ファイル転送クラウド・インターネット環境(VPN含む)
●セキュリティ関連ソフトウエア・設備
●机・椅子・エアコン・照明・冷蔵庫…
この中でもっとも高価なものは、業務用ソフトウエアです。Microsoft Officeはともかく、CAD/CAM/CAEのソフトウエアは高額です。日本側と同じ種類のソフトウエアを使う必要があり、モジュール構成やバージョン、アドオンのチューニングなどもすべて合わせなければならないため、導入にはある程度の段取りも必要です。
例えば、IllustratorとPhotoshopでは同じ仕事ができないのは当然ですが、新しいWordで作成した文書ファイルが古いバージョンのWordファイルでは開かないというのもよくあります。開いたとしても、重要な内容が欠落したり、間違って表示されてしまうこともあります。これでは仕事になりません。同様に、開発用ソフトウエアは、日本と開発ルームとで、まったく同じ環境を構築する必要があるのです。
環境をできるだけそろえるということはかように大事なことなのですが、この環境(であるところのソフトウエア)を日本から「持ち込む」ことができません。日本で購入したライセンスは通常日本でしか使うことが出来ず、ベトナムで購入したライセンスはベトナムでしか使うことが出来ません。ソフトウエアはMACアドレスに紐づいていたり、IPアドレスを確認したりするので、いつも起動しているPCではなかったり、同じPCでも設置場所が異なることが分かれば、ライセンス違反となり、重大なペナルティの対象となり得ます。
開発用ソフトウエアを使用するためには、通常PLCとALCを支払う必要があります(前述のようにSUBSCRIPTIONも最近は広がりました)。PLCは、購入した際、最初に一度支払えばよい金額。ALCは、そのソフトウエアを使い続けるために、毎年(1年ごと)に支払うべき金額です。
あるソフトウエアのPLCが500万円、ALCが100万円とした場合、「日本でライセンス購入したソフトウエアをベトナムに持ち込んで利用するだけなのだから、毎年ALCの100万円のみ払えばいいのでは?」と思うかもしれませんが、そうはいきません。
日本で購入したライセンスを海外で使用することはできないのです。したがって、同じソフトウエアでもベトナムで使うなら、新しくPLCの500万円を支払い、新たに買い直さなければなりません。
このソフトウエアをオフショア人材の3名が使うなら、ソフトウエアも3台分必要です。つまり、PLCとして1500万円を支払い、それとは別にALCを毎年300万円支払う必要があるのです。
②の「場所:事務所および運営管理費」は、いわゆる家賃です。通常、開発ルームはオフィスビルの中に個室が並ぶ形で設置されています。それぞれは鍵のかかる構造になっており、エンジニアたちは毎日決められた顧客の部屋に出勤します。この部屋を通年で確保しておくための費用が「事務所費」になります。
管理費は、コンサルティング会社が開発ルーム棟に事務スペースを設け、そこにスタッフを常駐させて建物を管理、運営する費用です。
ついその金額の多寡にのみ目が行きがちですが、遠隔地のオフィス内の人やシステムのメンテナンスが十分に行えることは、案外重要な要素です。
Windowsがバージョンアップされた、CADソフトウエアの更新がうまくできない、マウスが動かなくなった、モニタのブルーライトで目が疲れる、プリンターのトナーがない、UPSのランプが点滅しているが大丈夫か…。日々浮上するさまざまなシステムなどの問題をタイムリーに解決することができなければ、業務がすぐに滞ってしまいます。
また、エンジニア側からは、苦情や要望の声も上がります。日本に質問したいことがあるが連絡が取れない、もっと分かりやすい図面を描くように言われるが、どうすれば分かりやすくなるのか教えてくれない、開発ルーム内に冷蔵庫を置いてほしい、エアコンを2台にしてほしい、サーバーの冷却ファンがうるさくて集中できない…。こうした声にもいち早く対応することは、彼らのモチベーションの維持向上に重要です。
さらに、労務管理についても、目を光らせて適切に対応する必要があります。例えば、今月の社会保険はいくら引かれるのか? 有給休暇あと何日残っている? 今現在で残業代はいくら? 妹の結婚式で休む場合は有給になる? などなど。後日の回答でもよいものもあれば、体調不良で休む、通勤中にバイクのタイヤがパンクして遅れるといった、即座に指示対応が必要な事態もあります。
こう考えると、コンサルティング会社が求める「管理費」は、単に安ければよいというものでもないことは、おわかりいただけることと思います。
③の「人:エンジニア人件費」はエンジニアの人数に応じて変化しますが、仮に三人のベトナム人エンジニアを確保したとしましょう。日本語ができて経験も豊富な人物をリーダーにし、残りの二人はリーダーの指示に従って動くようにする、といった体制にすると日本からの指示を効率的に伝えることが可能です。
この場合リーダーとメンバーで賃金には差をつける必要があります。それでも第2章で触れたように、三人併せて、国内の派遣エンジニア一人分の費用(ひと月あたり)をイメージしておけば十分でしょう。
以上がオフショア開発ルームの設置・運営にかかる費用内訳のイメージです。顧客によって大きな幅が出るのは、業務用アプリケーションのライセンス料になります。それ以外は、顧客の業種や仕事内容によって変動する余地はあまりないように思います。
気になるのは「結局、いくらなの?」かと思いますが、非常にざっくりと申せば、エンジニア三人を擁する開発ルームをベトナムに持つとしたら、月額で120万〜200万円程度です。2Dソフトのみを使って図面を描く仕事だけをやらせるのか、きわめて高価な解析ソルバーを超ハイスペックPCで高速計算させるのかによって、金額はさまざまです。