製造業を取り巻く「人材不足の悪循環」
かつて、ものづくりの仕事をしているといえば、日本経済を支える大黒柱の一つを担っているという感がありました。しかし、製造業は今や若い人には敬遠されがちな分野の一つになりつつあります。
その大きな理由の一つは、インターネットが完全に普及し、就職活動の事情が大きく変わったことにあるといえるでしょう。
就活生は就活サイトを利用し、業種を問わず何十という会社に一斉にエントリーをして、漁るようにして就職先を探していくことが可能な時代です。もちろん、彼らは選ばれる側ではありますが、労働条件が比較しやすくなったこともあり、どうしても工場で働く=危険、汚いといったイメージがつきまとう製造業には足が遠のきがちな学生が多いようです。
製造業でちょうど今、人材の調達や育成の責任者を務めている立場の方が就職した当時は、開発や設計といった“キレイな”仕事を担当できるようになるには、工場の生産ラインで10年は経験を積むのが当たり前、といわれていたことでしょう。しかし今の若い人には、下積みを重ねて一人前になるとか、現場で叩き上げて頭角を現す、といった成長物語は通用しません。
昔ならば、新入社員はとりあえず製造現場に放り込んだものです。そこで経験を積ませ、技術を学ばせながら、彼らの動きを観察する。勘がよく、目端が利く者がいたら、頃合いを見て設計部門にピックアップして、より上流の仕事を学ばせる、といった育て方が一般的でした。
しかし、今や製造業では、このようなパターンで人を育てることが非常に難しくなっています。有名な大企業であっても、「同じ大手なら、もっといい条件の会社に行きたい」と、別の業種に流れていく若い人たちが多いようです。結果、製造業に入ってくる若者の減少傾向は、人口構造上、若者が減っている傾向よりもさらに顕著になっています。
実際、中小製造業では、人材が足りなくてラインが維持できず、倒産してしまうという話が珍しくなくなりました。近所の主婦たちをパートタイマーにしてなんとかしのいでいるような現場は無数に存在します。
それでも対応しきれない仕事は下請けに回さざるを得ません。顧客との取引を維持するために請け負うものの、外注費がかさんでしまい利益が出ない仕事が続く、という苦境はすっかりありふれているといえるでしょう。
上位メーカーとしてはできるだけ安く作りたいという希望が常にあり、下請けはそもそもタイトな金額で受注をしています。忙しいなか、いくら手を動かしても儲からないという状況ですから、当然社員の給料は、なかなか上がることがありません。したがって、人が集まらない、定着しないという悪循環がずっと続いているのです。
加えて、人口の東京への一極集中が加速し、留まる気配を見せないことも製造業の人材不足に拍車をかけているといえるでしょう。今や若い人は「東京で就職するのが当たり前」という感覚だと思います。
工場を伴うせいで、広い土地が必要な製造業は地方に展開している場合が多く、その時点で就職先として敬遠されてしまいやすいのです。
人材不足で仕事分担できず、会社の競争力が低下
若手の層が現場に少ないため、若手にこそ任せたい仕事を、いつまでも中堅クラス以上の社員が担当せざるを得ない状況が多くの現場で続いています。
いわゆる下流工程の仕事ですが、かつては一年目に相応しい仕事は一年目の社員が、二年目に相応しい仕事は二年目の社員が…というようにして社員それぞれが会社の仕事全体を理解し、技術を習得していったものです。社員は経験を積むたびにより下流の仕事を後輩に任せ、自分は一段階上の仕事を担当する。そして、責任の範囲が少しずつ上流に移っていったのです。
しかし、いつまでも若手が入ってこない製造業の現場では、そのような上下世代間での仕事の分担がもはや成り立っていません。三年目の仕事を十年選手がやっている、といった状況が当たり前に起きています。
結果、現場の仕事を広く把握している中堅社員には、本人のレベルを上限としてそれ以下のあらゆる仕事が舞い込むかたちとなっているのです。
本来ならば設計業務の中でも上流にある顧客との打ち合わせ、要件定義、構想設計、基本設計などを担当し、その先の部分設計・詳細設計は部下や後輩にパスする、といった体制が理想です。しかし実際のところ、中堅社員はそのすべてを担当せざるを得ません。場合によっては、詳細設計、部品図の作成や3Dモデリング、解析のメッシュ作成、あるいはそれらを準備するような業務までを受け持つことになっている現場もあります。
製造業者にとって、顧客に対する大きな価値の源泉は、設計力と提案力です。なかでもニーズヒアリングを経て、製品の構想を練る、基本設計を検討するといった、最も知力と経験を要するパートは、その後の作業の流れをつくるうえでも極めて重要です。「できる社員」は、本来その業務にのみ精力を注げることが理想ですが、それが実現できていないのです。
中堅社員が価値創造的な仕事に時間と体力・知力を使えず、彼らにとっての作業に過ぎない活動に、多くのエネルギーを奪われている。こうして、会社の競争力が徐々に削ぎ落とされていってしまっているのです。
このように設計の仕事でチームワークがつくれないと、さらに下流の製造工程は動きようがありません。NCプログラムを作成する技術者が足りず、そこがボトルネックになって生産ラインの工作機械がずっとストップしている、といった工場も実は少なくありません。1台数千万円もする工作機械は、とにかく動いてくれなければ元が取れません。それが遊んだままになっており、減価償却分も稼いでくれないという状況が、日本各地の製造現場で生じています。
新卒も経験者も集まらない…国内での人材調達は限界
新卒の若い人材が集まらないせいで、本来、上流工程を担当すべき中堅社員の時間と労力が、より下流の工程での対応に奪われてしまっているわけです。ならば、中途人材(経験者)を集めれば、この問題は解決するのでしょうか?
もちろんイエスですが、「それができたら苦労はしない」という事情がここにはあります。というのも、自社の仕事にぴったり合った経験者と出会うことが難しい。それは例えるなら、広い海岸で目当ての砂粒を見つけるようなものです。仕方がないので、企業はエンジニア業界に強い派遣会社を利用することになります。
しかし、派遣会社にも当然そんな都合の良い人材はいません。即戦力になるような優秀なエンジニアは、自分で働き口を見つけることができますから、派遣会社にわざわざ登録しないのです。
そこで、一部の派遣会社では派遣先となるクライアント企業のニーズに合うような人材を自社で育てて保有しています。当然、その育成コストは派遣費用に上乗せされるため、多少は「使いやすい」人材なれど、そのコストはべらぼうに高くなります。そうした人材は、派遣コストが1ヵ月100万円を超えることも珍しくありません。
こうなるとクライアント企業(派遣先企業)は「この人材を直接雇用したい」と考える。雇用形態はともかく、これまで一緒に働いてきたのだから、その人物の能力や実力、人間性はよくわかっているため、安心して雇い入れることが出来ます。勘定科目が「その他経費」から「人件費」に変わるので、人件費を増やしたくない会社にとってはハードルとなりますが、額だけ比べれば相当安くなります。その派遣者も派遣先企業での直接雇用を望むのであれば、派遣先企業と派遣者はwin-winとなります。
しかし、派遣会社にとって貴重な資産であるところの人材引抜きは、大変無作法な振る舞いです。派遣先企業が派遣(元)会社に見つからないように派遣者と口裏を合わせ、その派遣会社から“自然に”退職させて裏でこっそり採用するようなことを行えば、その後どんなリスクがあるでしょうか。少なくとも被雇用者(かつての派遣者)は、その会社が自分を派遣から正社員として採用する際、ルール違反なやり方を行った、という事実を知っているのです。
派遣会社が有料職業紹介のライセンスを持っているなら、紹介手数料をいただいて、派遣者をリリースすることはあるでしょう。しかし、派遣会社にとって一時的な紹介手数料より継続的な派遣費用の方が、ビジネス的に有利です。
かりに派遣会社と派遣先企業の間で「人材紹介」の合意ができたとしても、転籍を持ちかけられた派遣者(技術者)が必ずしも派遣先企業の正社員オファーを受けるとは限りません。
優秀な人ほど選べる立場におり、理由があってそういう働き方をしているのです。派遣社員の中には、安定を求めて正社員を望む人も多いのですが、そんな派遣先ばかりに都合の良いオファーは、デキる人ほど辞退する可能性が高いでしょう。未経験から実務経験を通して、そこまで成長させてくれるほどの経済的背景がある大手派遣会社での立場を捨てて、いち製造業の社員に転籍するとなれば、本人にとってどちらが魅力的か、という話になってくるからです。
オファーをくれた派遣先企業の事業が安定していて将来性があり、待遇がよくロケーションなども申し分ないのなら、転籍は実現するかもしれません。しかし、そこまですべてがうまくハマることは、まずありえないと考えるほうが妥当でしょう。
昨今は、外国人技術者に対してさえ、「うちで正社員にして雇いたい」という派遣先製造業からの申し出は、珍しくなくなりました。しかし、私の知る限り「技術者が喜んで応じ、非常に丸く収まった」という話はとんと聞きません。大手製造業から正社員をオファーされた外国人技術者がそれを断った、ということさえ起こっているのです。
こうした事情から、「新卒がダメなら経験者を調達すればいい」という考え方もままならないのが、製造業の現状なのです。
吉山 慎二
株式会社アールテクノ 代表取締役