新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。東京都の外出自粛要請に始まり、政府の緊急事態宣言が出され、多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。通勤するサラリーマンが減ったため、都心部の大型書店は休業を余儀なくされた。出版業界も撃沈かと思われたが、実はいろいろなことが起こっていた。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

高度成長の真っただ中に書かれた世紀末の皮肉

かくいう私も青春の一時期、小松左京先生に夢中になった。大作よりも短編が好きだった。いちばん印象に強いのは『奇妙な味の小説』というアンソロジーに収められていた『召集令状』という小品。

 

とうに戦争は終わっているのに、どこからか成人男子に赤紙が届き、止まらない。不思議に思った主人公が調べていくと、犯人はなんと自分の父親。臨終間際にある父親の巨大な念力(サイコキネシス)によって召集令状が発行されていくという、面白いが背筋がぞっとするような話だった。科学技術や未来宇宙、医療などの狭いジャンルに留まらない。人間心理や生き方について深く洞察されたストーリーは、SFをはるかに超えて文学的だった。

 

小松左京著『招集令状』(角川文庫)
小松左京著『招集令状』(角川文庫)

他にも、ウイルス感染をテーマにしたものがあるのではないかと思い、オンラインサイトの「小松左京ライブラリ」に問い合わせてみた。同ライブラリは、継承した著作権を管理するために次男の小松実盛氏が設けた個人事務所で、小松左京に関する最も信頼できる情報を得ることができる。回答は書面(メール)でいただいた。

 

「デビュー直後の1963年に『紙か髪か』というSF短編を書いています。ウイルスではなく、火星探査で持ち帰られた未知の細菌が人工的に変異させられ、異常な速度で増殖し人類文明を追い詰めるという話です。この細菌は生命を脅かすのではなく、あらゆる紙を分解する性質のもの。結果、紙に依存しているあらゆる近代社会システムが破綻していくというものです」

 

1963年といえば東京オリンピックの1年前。『復活の日』の前年である。この時期、日本は高度経済成長の右肩上がりの絶頂期にあった。アジア初のオリンピック開催に国全体が湧きたち、東海道新幹線や首都高速道路の開通など、社会がポジティブな一色で埋め尽くされている時代に、よくぞ世紀末的なウイルスや細菌の話が書けたと思う。

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