医師という職業が安泰である時代は終わっている。足元では少子高齢化による人口減という問題があり、高齢者が増えていくことで、病院経営は安定しそうであるが、実状はそう単純ではない。
ここ東京23区でも、厳しい医院経営の実情が伺える。ある機関のデータによれば、勤務医よりも開業医のほうが高額な所得を得ているというデータがある。ただし近年、診療報酬の改定、医師会の機能不全など、社会情勢の変化に伴って、従来のやり方では医院経営が成り立たなくなってきている。いままでは盤石だった開業医も、そうではなくなっているのだ。
いったい医療現場で何が起きているのか。そこには医師が取り巻く環境が一筋縄ではいかない実態がある。取材先としてご協力していただいた阿久津医院は、東京葛飾区高砂にある個人医院である。この地域は東京の下町にあり、場所柄、職人なども多く住み、昔ながらの江戸情緒をもつ地域である。
東京の中でも地元色が濃いため、住民の高齢化が進む一方で、患者数は減っている。最近では医師会に所属しない医院も増えて、競争が激化しているという。医院経営は決して順風満帆とはいえない。
2019年の年末に京成線・立石駅近くの老舗の蕎麦屋・玄庵にて取材をさせていただくことになった。
今後、医師はどのような医院経営を強いられるのだろうか。興味深いお話を伺うことができた。
取材相手 阿久津寿江 阿久津医院 院長
地域に根づいた医院を目指す
もともとこの地で、父が医院を開業して40年ほどになります。父は外科医として地域医療に貢献していました。土地柄、地元の職人さんがケガをされて来院されたりします。でも、私自身の専門は内科医で、大学病院勤務時には糖尿病など生活習慣病が専門でした。そういった意味で、医院を継承するのは、とても心配でした。ただ、父が病気を発症してしまい、仕事ができなくなってしまった関係で、私自身が阿久津医院を経営していくことになりました。
私は内科が専門なので、外科医としての実践が乏しく、当初は不安だったのですが、現場での診療をいくつか経験して、「やっていける」という確信に変わっていきました。人間、やってみれば、なんでもできるもんだなぁと思っています。
――勤務医から開業医へと転身されて、戸惑いなどはなかったですか?
開業医は勤務医と違って、専門性ではなく汎用性が問われます。つまり、どんな患者さんが来るのかわからないわけです。阿久津医院として看板などに標榜している科以外の患者さんも来られる可能性があり、たとえ専門領域でなくても患者さんと丁寧に向き合っていく必要があるのです。もし、「そのような病気は、当医院では診られません」などといえば、その噂が地元の人々に伝わってしまいます。
内科医としてやっていたときとは違い、いろんな人々が悩みを抱えて来院されます。たとえば泌尿器科を標榜している関係で、性病を患っている方も遠方から来られます。これは患者さんの意識がそうさせると思うんですが、家の近くの病院には通いたくないという心理が働くんですね。だから、わざわざ遠くから来院されます。また、私が女医だということで、肛門外科では女性が圧倒的に多いです。これは阿久津医院の強みにもなっています。開業医で女医の比率はそう高くはありませんから、女性の患者さんにはぜひ来ていただきたいです。
――実際、病院経営に関わってみてどうでしたか?
思っていた以上に患者数が少ないということに驚きました。この地域は病院数もそこそこ多く、最近は医師会に所属しない医院もあります。あまりいいことではありませんが、患者さんの取り合いになっているのです。ある医院ではMRIを導入して、職員にノルマを課しているという話も聞きました。そういった話をMRやMSから聞くのですが、もはや医師は診療だけをやっている存在では成り立たないのです。
当医院でも、一人でも多くの方に来院していただくために、リフォームして明るい吹き抜けにしました。また、完全バリアフリー化にするなど、経営努力をしています。