カセットテープに遺志を録音した母
A子さんの子どもは三姉妹。姉妹は年子だったこともあり、子どもの頃から仲は良くも喧嘩が絶えなかったそうです。喧嘩の原因は、とても些細なこと。
「それ、わたしのお人形よ!」
「お姉ちゃん、わたしのお菓子、食べたでしょ!」
「わたしの服、勝手に着ないでよ!」
常にそんな調子だったので、A子さんは姉妹に差が出ないように気をつけていました。
「もう大変だったんですよ。『そっちのお皿のほうがお菓子、多い!』とか『お姉ちゃん、たくさんお小遣いもらっていて、ずるーい』とか。もう少し、年が離れていたら楽だったのかもしれないですね」と笑うA子さん。
この気遣いは、姉妹が大人になってからも続きました。
「結婚祝いとか、出産祝いとか、差が出ないようにということはもちろん、すべてオープンにしました。あえてみんなのいるところで渡すんです。『はい、出産祝い、10万円』とか。これなら『お姉ちゃんのほうが多くもらっているんじゃないかしら』とか、疑心暗鬼にならなくていいでしょ」
そんなA子さんの細かな気遣いもあり、家族は小さな喧嘩はありつつも、仲良く過ごすことができました。
A子さんが70歳を迎えたころ。5年前に夫を亡くし、そろそろ自分も終活に取り組まないと、考えるようになったといいます。
「何もせずに死んだら、あの子たち、どうなることか……娘たちも、いい大人なんですけどね」とA子さん。娘たちが実家に集まったお正月、姉妹の前で切り出しました。
「大切なことだから、テープにも録音しておくわね」というと、テープレコーダーのスイッチを押したA子さん。
「わたしも70歳を超えたから、いつ何があるか、わからないじゃない。だから万が一のことがあったときのこと、話しておきたいの」
「いやだ、お母さん。そんなこといわないで」と三姉妹。A子さんは続けます。
「とにかく、わたしがいなくなっても、三人には争ってほしくないの。この家は売ってしまって。そのお金は3人で均等に分けなさい。あと預貯金ね。最終的にどれくらい残せるかわからないけど……でもお父さんの遺産もあるから、結構な額はあるわ。貯金通帳は、お父さんのところ(=仏壇)にあるから、覚えておいて。それも三人で均等に分けるのよ」
「わかった、わかった。そんなこといっていないで、長生きしてよ」と娘たち。テープレコーダーのスイッチを切ったA子さんは、ホッとひと息つきました。実際に娘たちが遺産分割の場に直面するのは、それから10年以上経ったころの話です。