リストラの危機に直面する弟に、さらに悲劇が……
都内のある街に佇む、瀟洒(しょうしゃ) な一軒家。そこに住む老夫婦のもとに、長男家族と次男家族が訪れました。家族仲は昔から良く、長男と次男はそれぞれ結婚して、独立してからも、家族を連れて実家に頻繁に遊びに来ていました。この日は天気が良いからと、次男の発案で庭でバーベキューをすることにしたそうです。
次男「今日は絶好のバーベキュー日和になると思ったんだよね」
長男「寒い日が続いて、最近は家に引きこもっていたから、良かったよ」
このように家族一同集まった日は、長男と次男の子どもの頃の話になるのが定番でした。
次男嫁「この人、家では本当に子どもみたいなんですが、昔からなんですか?」
長男「そうだね、昔からかわいい弟でしたよ」
次男「やめろよ、兄貴」
母「小学校のとき、新学期が始まったら、学校に色々持っていかないといけないでしょ。お道具箱とか。よく『お兄ちゃん、持ってー』と甘えていたわね」
長男「新学期は、二人分の荷物を持っていくのが定番でしたね」
次男「兄貴は、昔から力持ちだったから」
頼りになる長男と、甘えん坊の次男。このような関係は、大人になってからも自然と続いていったようです。
そんなある日、次男家族の家で、夫婦が何やら神妙な顔をして話をしています。
次男嫁「えっ、それってどういうこと?」
次男「まだ不確かな情報なんだけど、うちの会社の業績、かなりヤバくて。いまやっている事業からは撤退するかもって」
次男嫁「えっ、えっ、そうなったら、あなたはどうなるのよ?」
次男「他の部署に異動だったらいいんだけど、他の事業もかなり厳しいらしいから、いまいる部署の人間は全員リストラになるという噂が……」
次男嫁「ちょっと、どうにかならないの? 上の子、来年は大学よ。さらにお金がかかるっていうのに、このタイミングでリストラなんて……」
次男「できれば転職したいけど業界的にも厳しいし。なによりも部下の子たちをおいて自分だけ、というのもな……」
そしてその数ヵ月後、次男の心配が的中し、次男がいる部署の全員が解雇となりました。さらに不幸が続きます。父が亡くなったのです。
大変な弟に多くの遺産を…兄の優しさが裏目に
あまりに突然のことで、家族はみな相当なショックを受けた様子。葬儀を終えたあとも、しばらくは深い悲しみでふさぎ込んでいたそうです。
四十九日を過ぎると、少しずつ、日常を取り戻してきました。そして実家に、長男と次男が集まりました。父の遺産の分け方で話をすることにしたのです。父は、子どもや孫のために遺したいと、コツコツと貯蓄をしていたこともあり、遺産は、実家のほか、預貯金が6,000万円ほどありました。
長男「この家は、お母さんが相続しなよ。で、預貯金の分け方だけど……」
母「わたしは、必要最低限のお金でいいわ。もうこの年だから、年金だけで暮らしていけるし」
長男「おまえ、いま大変な状況だよな」
次男「えっ、おれ!? そうだね。一応、退職金もらえるから、子どもたちの学費は大丈夫、心配いらないよ」
長男「でも再就職も業界的に厳しいんじゃなのか」
次男「そうだね。この年だけど違う業界に目を向けないといけないかな」
そして、この日の晩の長男家族の家で、怒号が響き渡りました。大きな声を上げたのは、長男の嫁でした。
長男嫁「なにそれ、どういうこと!」
長男「だ、だから、いまあいつ(=次男)大変なときだろ。だから遺産を多めに相続してもらおうと決めたんだよ」
長男嫁「それであなたは、いくら相続できんのよ!」
長男「おれは1,000万円で、母さんも一緒。あいつが、4,000万円ほど相続することになった」
長男嫁「何よそれ、不公平じゃない!」
長男「大変なんだよ、再就職も簡単じゃないだろうし……」
長男嫁「関係ないわ、うちだって大変よ。これから2人も大学にいくし、あなたの会社だって、いつ何が起きるのか、わからないのよ! 良い人のふりして、何やっているのよ!」
長男「良い人のふりなんて、してないよ……」
次の日、次男のもとに1本の電話がありました。長男からでした。
次男「どうしたんだい、兄貴?」
長男「いや……昨日、話し合った父さんの遺産の分け方なんだけど……もう一度話し合えないか?」
次男「えっ!?」
後日、再度、遺産の分け方について話し合いを行い、長男がさらに1,000万円多く相続することになったそうです。
第三者の介入が遺産相続協議をかき乱す
遺産は、遺言書がある場合には遺言書の通り、遺言書がない場合には法定相続人全員での話し合い(遺産分割協議)によって分け方を決めていきます。また法定相続人はどのような立場の人がなれるのか、法律で定められています。
まず配偶者は必ず相続人になります。さらに配偶者以外の法定相続人には、優先順位があります。上の順位の法定相続人がいる場合には、下の順位の人は法定相続人になれません。第1順位の法定相続人は子どもです。子どもがいない場合には第2順位の法定相続人は直系尊属である父母、さらに子どもも父母もいない場合には第3順位の法定相続人である兄弟姉妹へと進みます。
このように法律に則って行われる遺産分割協議ですが、うまくいかないケースは多くあります。そのなかでもよくあるのが、事例のように、法定相続人ではない、第三者の介入。今回のケースでは、長男の配偶者です。長男が多く財産を相続できれば、自分も得をするという立ち位置にいるため、口を挟んでしまうのもわかります。しかし、第三者の介入により、資産相続協議が泥沼化してしまうケースがあとを絶たないのです。
そのため筆者は相続人以外の人の遺産分割協議への参加は避けるよう、アドバイスをしています。あくまで相続人同士での話し合いを優先させるべきなのです。
しかし、まったくの無関心も良くありません。もし相談があれば、きちんと乗ってあげるようにしましょう。「自分は部外者だから」という姿勢も、別の喧嘩の火種になりかねません。
【動画/筆者が「遺産分割協議に第三者の介入」について分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人