年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、実家の相続に関連したトラブル事例を、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

「よいお嫁さん」と評判の長兄の嫁…その裏の顔

T子さんが結婚したのは、いまから15年ほど前。夫との出会いは、大学時代の親友からの紹介でした。お互い、次女と次男というのもあったからでしょうか。出会ったときから馬が合ったといいます。お互いの家族との関係も良好で、結婚生活は幸せそのものでした。

 

ただ不満を感じる点が1つだけ。義兄のお嫁さんであるAさんとの関係でした。義兄家族は実家で義親と同居。会うのは、盆やお正月など、親戚が集まるようなタイミングだけだったといいますが……。

 

「頻繁に会うような関係ではないので、そんなにストレスを感じるようなものではないのですが、ちょっと性格が合わないというか……」

 

Aさんは自己主張が強く、相手を支配するようなタイプ。夫の兄も尻に敷かれているのは明らかでした。また目上の人を取り込むのも上手で、義親とは良好な関係を築いているようでした。

 

「特に、わたしに対しては強く出てくるんですよね。でもお義父さんやお義母さんがいる前では態度がコロリと変わるんです。お義父さんお義母さんの前では、すごく『良い嫁』みたいな」

 

たとえばお正月。実家の台所で食事の手伝いをしていたT子さん。するとAさんが「もう、しょっぱすぎるわよ。塩、入れすぎ!」と厳しめに叱ったことがありました。そこにお義母さんが現れると「T子さんがいるから、助かります、お義母さん」と、優しくいう。そんな二面性に、T子さんは驚かされるといいます。

 

「いまはまだ、お義父さんもお義母さんも元気だからいいけど、そのうち年をとって、人の助けが必要になったりしたら……考えるだけで怖いです」

 

そんな心配をしていた、ある日のこと。T子さんは義父が倒れたという連絡をうけ、急いで病院に駆けつけました。そこには、予断を許さない義父の姿がありました。

 

医者からは「この2、3日が山です」と。義母が付き添うといいましたが、「わたしがいるから大丈夫。お義母さんまで倒れたら大変だもの」と、Aさんが病院に泊まり込むことになりました。

 

その後、義父は危険な状況は乗りきり、容態は安定。しかし退院の目途はたたず、引き続き、Aさんが中心に病院に泊まり込むことになりました。

 

「Aさんがいて、本当によかった」とT子さんの夫。T子さんは「そうね」と返答したものの、どこか素直になれない自分がいました。引っかかるのは、やはりAさんの二面性でした。

 

義父が病院に運び込まれてから3ヵ月ほど経ったある日のことです。義父の容態が急変。そのまま帰らぬ人になったといいます。

「実家は長男が相続」が、すべての始まりだった

一時は回復傾向にありましたから、義父との別れに、家族は驚きと悲しみを隠しきれない様子。特に、義母の憔悴ぶりは、誰の目からみても明らかでした。

 

そんな義母を支えていたのが、病院に泊まり込み、義父を看病し続けたAさんでした。葬儀に集まった親族からは、「本当によくできたお嫁さんね」とヒソヒソ話が聞こえるほどだったといいます。

 

葬儀が終わり、段々と落ち付きを取り戻したある日、実家で遺産分割の話し合いが行われることになりました。集まったのは、義母、義兄、そしてT子さんの夫。義父の遺産は、投資信託と預貯金を合わせて2,000万円ほどと、実家でした。帰ってきた夫に話を聞いたT子さんは、嫌な予感がしたといいます。

 

T子夫「投資信託は売ってしまって、預貯金と合わせて、お母さんに1/2、おれたち(=兄弟)が残りを等分することにしたよ」

 

T子「そう、スムーズに話し合いが終わって、良かったわね。実家はどうするの?」

 

T子夫「ああ、実家は兄貴が相続することになった」

 

T子「えっ、お義母さんは?」

 

T子夫「ああ、母さんは『もうわたしもいずれは、向こう側だから』とかいってさ。結局、全部兄貴が相続することになったんだ」

 

T子「せめて共同名義にしたほうが、よかったんじゃないかな」

 

T子夫「なんで?」

 

T子「うーん。なんかお義母さんに不都合なことが起きるかも……」

 

T子夫「考えすぎだよ」

 

T子さんの予感は的中します。相続が行われてから半年ほどたったある日のことです。義母が高齢者向けのマンションに引越しをしたという連絡を受けました。

 

T子「えっ、何でお義母さんが?」

 

T子夫「いや、医療や介護のサービスも付いているから、安心だっていうんだよ」

 

T子「……お義母さん、実家を追い出されたんじゃないの?」

 

T子夫「えっ……知らないよ、おれは」

 

実家の相続が行われた直後のこと。最近足腰が悪くなった義母を心配して、義兄がバリアフリーにしようとリフォームを計画しました。それに対し、Aさんが激怒したそうです。

 

「この家はあなたのものでしょ! なんでお義母さんのために、たっかいリフォーム代を払わなきゃいけないのよ!」

 

結局、リフォーム計画は頓挫。義母も実家に居づらくなり、自ら高齢者用マンションを探して引越しを決めたといいます。

 

相続を機に素が出るように……
相続を機に素が出るように……

2020年4月からスタート「配偶者居住権」とは?

2020年4月より、新しく配偶者居住権(はいぐうしゃきょじゅうけん)という権利が認められるようになりました。 配偶者居住権とは、「相続が発生する前から住んでいた配偶者の自宅は、配偶者がその自宅の権利を相続しなかったとしても、ずっと住んでていいですよ」という権利です。

 

事例において、この権利を主張できれば、事態は変わっていたかもしれません。

 

この配偶者居住権を理解するうえで大切なポイントは3つあります。

 

まず1つ目は、「配偶者が自宅の権利を相続しなかったとしても」という点です。もし配偶者が自宅の権利を相続すれば、誰にも文句を言われずその自宅に住み続けることが可能です。一方で、配偶者が自宅の権利を相続しなかった場合には、権利を相続した人から、自宅を追い出されてしまう可能性もあります。

 

不動産には「所有権」という権利があり「使う(住む)権利」と、その不動産を売却した時に、売却代金をもらう権利などの「その他の権利」がセットになって構成されています。

 

配偶者居住権という仕組みは、所有権という権利を、「使う(住む)権利」と「その他の権利」に分離をして、別々の人が相続することを認める仕組みで配偶者には「使う(住む)権利」を、その他の相続人には「その他の権利」を相続させることが可能です。この「使う(住む)権利」のことを配偶者居住権といい、「その他の権利」のことを配偶者居住権が設定された所有権といいます。

 

2つ目のポイントは、配偶者居住権は相続発生した時点で、その自宅に住んでいた配偶者にだけ認められ、かつ、配偶者居住権の登記が必要になります。別居をしていた夫婦の間では認められません。

 

3つ目のポイントは、配偶者居住権は売却できないことと、配偶者の死亡によって消滅するため、相続させることはできません。 配偶者居住権が消滅した後は、その他の権利を相続していた人が、その不動産の権利を丸ごと所有することになります。つまり、通常の所有権という形に戻るというわけです。

 

 

 

【動画/筆者が「小規模宅地等の特例」について分かりやすく解説】

 

橘慶太
円満相続税理士法人

 

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