アフリカのコロナ蔓延「中国のせい」ではなかった?
筆者はアフリカ南部に位置するザンビア共和国で医療支援に取り組む医学生である。2019年6月から2020年3月まで、現地で診療所の建設に取り組んでいた。だが、新型コロナウイルスの蔓延を受け、緊急帰国を余儀なくされた。
4月6日現在、世界保健機関(WHO)アフリカ地域事務局に所属する47ヵ国で合計6265件の感染がみられ、247名が亡くなっている。致死率は3.9%だ。日本の2.3%やイタリアの12.4%の間に位置している。感染者が今後増えるなかで死者をいかに減らすか。まさに瀬戸際だ。
このウイルスが恐ろしいのは治療法とワクチンが開発されていないからだ。多くの国で感染者の急増を防ぐために都市封鎖や国境閉鎖を実行している。一見すると新規患者は減少するが、根本的な解決策ではない。人口に一定の割合で免疫を持つ集団ができあがるまで、感染症の恐怖と向き合い続けることになる。
たとえ日本でウイルスを抑え込んだとしても、ほかの国から流入し再びパンデミックが起きることも十分考えられる。戦いは長期戦になるだろう。その上で、今後感染地となりうるアフリカの実状を把握することは大切だ。
アフリカ諸国では3月中旬からコロナ患者が続々と報告された。当初、現地人の多くは中国から感染が直接もたらされると懸念していた。1月31日、WHOは非常事態宣言を発令すると同時に13のアフリカ諸国をハイリスクとして優先的に支援すると発表した。その根拠となったのは中国との人の行き来だった。
現在、アフリカに拠点を持つ中国資本の会社は10万社を超え、延べ200万人以上の中国人が生活している。中国とアフリカの直行便は平均して1日8本を超え、年間85万人以上の移動が可能だ。
1月以降、中国からウイルスが持ち込まれることを恐れた現地住民によるアジア人排斥が相次いだ。東アフリカのウガンダでは旅行中の日本人女性が「コロナ」と呼ばれ耳を殴られる事件が起きた。
だが実際は、これまでアフリカで報告されている患者のほとんどが欧州や中東からの帰国者や旅行者だった。ウガンダでは、4月6日時点で48人の患者が見つかっているが、そのうち、中国関連のケースはたった2件だけだ。
これほどまでに中国からの流入が少ない背景には中国政府による強硬策がある。感染源である武漢は1月23日に封鎖され、人の行き来がなくなった。また、1月27日からは中国から海外への団体旅行が一切禁止となった。
アフリカ南部のナミビア共和国中国大使の報道によれば(1月30日)、旅行禁止措置が発表される前に入国した中国人は300人程度いた。彼らは、27日以降大使館の監視下に置かれ、2月5日までには全員帰国する予定となった。ほかのアフリカ諸国でも同様な措置が取られた可能性が高い。
人権意識の低い中国らしい強硬手段により、アフリカへの感染スピードが大幅に遅くなった。3月31日に発表されたサイエンスの論文によれば、武漢の封鎖はほかの都市へのウイルス拡散を平均で2.91日遅らせる効果があった。この期間にアフリカ諸国はウイルスの検査体制を整えた。
WHOによれば、2月初め時点で確定診断できる検査機関はアフリカ全土に2つしかなかった。急遽検査体制を整え、1ヵ月ほどでほぼすべての国で診断が可能になった。
アフリカを新感染地にしないため国境を越えた連帯を
中国による「英断」とWHOの支援によりアフリカ諸国はウイルスの流入速度を大幅に抑え、今後の拡大に向けた最低限の準備を整えることができた。だが、戦いは始まったばかりであり、その状況は悪化している。
特にかつてフランスの植民地だった西アフリカ諸国は深刻だ。アルジェリアでは、4月6日現在、1320人の患者が報告されており、152人が亡くなっている。致死率は11%だ。検査数が少ないため正確な致死率ではないものの、危機的な状況であることは間違いない。
4月2日に『ランセット』に掲載された論文によれば、コロナ陽性者が初めて報告された日と5番目の陽性者が見つかった日からの患者増加率はヨーロッパと西アフリカで同じ傾向が見られ、どちらも急増していた。さらに、ロンドン大学の研究者らによるとアフリカのすべての国で5月1日までに1000件、その後、数週間で1万件のコロナ陽性例が出るという。
WHOの事務局長が何度も強調するように、感染症対策は検査して隔離することが鉄則だ。その検査キットが不足すれば、対策の打ちようがない。アリババ財団は110万個もの検査キットをアフリカ諸国に寄贈した。だが、ある国の政府職員によると、その国では今後10万個のスワブ(PCR検査をするために必要なサンプルをとるキット)が不足すると推測されている。一律に比較はできないが、アフリカに54ヵ国あることを考えると事態は非常に深刻だ。
現在、多くのアフリカ諸国では感染者の増加を抑えるために都市封鎖や国境閉鎖といった強硬手段を講じている。3月26日から4月16日まで都市封鎖が行われている南アフリカでは買い物目当てにスーパーマーケットに来た人々に対して、社会的距離を保っていないとの理由で警察がゴム弾を使用した。
ザンビアではここまでの強硬措置は取られていないが、外出自粛要請のせいですでに多くの人が生活に困窮している。貧困地域で暮らす人のほとんどはHand to Mouth(その日の収入でその日の食べ物を購入する人たち)だからだ。
首都ルサカのスラム街で市場からレストランまで野菜を運んでいるメシーさん(45)はいう。「すべてのレストランで店内飲食が禁止され、テイクアウトのみになった。お客さんが減り、私の仕事もなくなった」。4月1日から収入が途絶えてしまったようだ。夫は脳卒中で半身麻痺の後遺症を患っている。彼女の日当が生活の支えだった。「コロナよりも日に日に中身が減っていく貯金箱を見るのが怖い」
このような人々が大勢いることをザンビア政府ももちろん把握している。政府関係者はいう。「ロックダウンをしたら一番苦しむのはスラム街の人。でももしそこでウイルスが蔓延したらもっと悲惨な状態になる」。スラムでは多くの人が平屋に住んでおり、トイレや水道を3~5世帯で共有している。一度ウイルスが持ち込まれた場合、急速に広がる可能性が高い。
ザンビア政府は新型コロナウイルスに対する経済対策としてGDPの10%に当たる150億円程度の予算を組んだ。人々が自宅待機できるようコンパウンド(※未計画居住地のこと)などを中心に食事の配給などを行うようだ。
だが、冒頭で紹介したとおりこのウイルスとの戦いは長期戦になる。ザンビア政府がこのような財源を確保し続けることはできるのだろうか。筆者は現状のままでは厳しいと考えている。2018年4月現在、同国の対外債務はGDPの約4割に相当する100.5億ドル(≒1兆1300億円)。2017年国際通貨基金(IMF)による債務持続可能性分析(DSA)によって債務超過に陥るリスクが「ハイレベル」と指摘されているからだ。
世界銀行やアフリカ開発銀行が緊急措置としてファンドを拠出しているようだが、先進国並みの経済対策が講じられる可能性は低い。現状のままロックダウンをしていても、コンパウンドの人々は生きるために経済活動を再開せざるを得なくなり、感染が爆発的に広がってしまうだろう。
多少の差はあれ、アフリカ諸国の多くはザンビアと似たようなジレンマに陥っているはずだ。日本を含め、ほとんどの先進国は自国で感染症を抑えこむだけで手一杯になっている。国境が閉鎖され他国との交流が減り、遠い国々に思いをはせることはほとんどないだろう。だが、世界が共通の課題に直面する今だからこそ、国境を越えた連帯が重要だ。アフリカが新たな感染地となることを防げるかどうかは、その連帯の有無にかかっている。
宮地 貴士
秋田大学医学部医学科5年