何度もブームを繰り返し、今や生活に定着した感のあるワイン。一方、欧米に目を向けると、ワインは株式や債券と同じように投資対象として人気を高めているという。本連載では、ワイン研究の第一線で活躍する堀賢一氏が、ワインマーケットの現状と今後の見通しについて解説する。今回は、世界各地で開催される、慈善団体によるワイン・オークションについてみていこう。

「クリスティーズ」が仕切るワイン競売会

ワインが競売を通じて売却された歴史は長く、古代ローマの時代にはすでに、オークションが行われていたことが知られています。1859年にオスピス・ド・ボーヌが初めての競売を実施して以降、世界各地で慈善団体によるワイン・オークションが実施されるようになり、高額での落札がワイン雑誌の見出しを飾っています。

 

■オスピス・ド・ボーヌ

ブルゴーニュワインの中心地であるボーヌは、古代ローマのカエサル(紀元前100年~紀元前44年)が建設に着手した城塞都市で、現在も中世ヨーロッパの面影を色濃く残す、石畳の美しい街です。城壁に囲まれたボーヌの旧市街は、半径400メートルほどの小さなものなのですが、際立って人目を引くのは、街の南側にあるオテル・デューの、幾何学模様の屋根です。

 

オスピス・ド・ボーヌは、1443年にブルゴーニュ公国の財務長官ニコラ・ロランによって設立された施療院オテル・デューと、17世紀にアントワーヌ・ルソーによって始められた慈善病院オピタル・ド・ラ・シャリテの運営資金捻出のために始まったワイン競売会で、何世紀にもわたってこの二つの慈善団体に寄進されてきた60ヘクタール弱のブドウ畑のワインを、アルコール発酵が終了したばかりの11月の第三日曜日に売却するものです。オークションにかけられるワインには、「マジ・シャンベルタン」等の原産地呼称だけでなく、「キュヴェ・マドレーヌ・コリニョン」といったふうに、「キュヴェ 」に続けて寄進者等の名前が付けられています。

 

オテル・デューに寄進されたブドウ畑のワインは、当初から慈善施療院の運営資金捻出のために販売されてきたのですが、1457年の最初のブドウ畑の寄進以降400年間、ワインは顧客に直接販売されてきました。

 

オテル・デューのワインが世に広く知られるようになった1859年、慈善施療院運営のためのより多くの資金を捻出できるよう、公開の場で、オークションによって買い手を決めることになりました。60ヘクタールのブドウ畑のワインは50のキュヴェに分けられ、競売に付されるのですが、長らく、このオークションに入札できるのは、ブルゴーニュのネゴシアン(酒商)のみでした。日本の輸入業者が購入を目指す場合は、取引のあるネゴシアンに同席してもらい、そのネゴシアン経由で入札する必要がありました。落札した樽は、ネゴシアンが翌年の1月1日までにドメーヌ・デ・ゾスピス(オスピス・ド・ボーヌ)から引き取り、自社で樽熟成と瓶詰めを行います。

 

1990年代後半以降、ボルドーの高級ワインが高騰し、生産者や流通業者に富をもたらした一方、ブルゴーニュワインは低迷していました。2004年ヴィンテージのオスピス・ド・ボーヌの競売価格が下落すると、ブルゴーニュでは様々な議論が交わされるようになり、結果として、2005年から競売会の運営を、イギリスの著名なオークション・ハウスであるクリスティーズが取り仕切ることになりました。

 

クリスティーズが行った最大の改革は、世界のワイン愛好家が電話やインターネットを通じて、直接オークションに参加できるようにしたことで、偉大なヴィンテージに恵まれたこともあり、2005年ヴィンテージのひと樽(228リットル)あたりの平均落札価格は4,806ユーロで、前年比11%増となりました。例年、オスピス・ド・ボーヌの落札価格はチャリティー・オークションの色彩が強く、一般的なブルゴーニュワインの取引価格の2~3倍で落札されています。昨年の2019年11月17日に行われた、159回目のオスピス・ド・ボーヌのオークションの落札総額(バイヤーズ・プレミアム込み)は12.7百万ユーロ(約15.2億円)でした。

 

東フランス ボーヌ
東フランス ボーヌ

米国・カリフォルニアを舞台に繰り広げられる競売会

■オークション・ナパ・ヴァレー

オークション・ナパ・ヴァレーは現代カリフォルニアワインの父、ロバート・モンダヴィ(1913 - 2008)の発案により、ナパ・ヴァレー・ヴィントナーズ(NVV)の主催で1981年に初めて開催されました。

 

ロバート・モンダヴィは無論、オスピス・ド・ボーヌのオークションから着想を得たのですが、地元住民の福祉に貢献するだけでなく、モンダヴィ翁はワイン産地のプロモーションとしての効果に着目したようでした。

 

オスピス・ド・ボーヌのオークションがヨーロッパ的な、ワインの流通関係者に焦点を絞った競売であったのに対し、オークション・ナパ・ヴァレーは世界のワイン愛好家を広く巻き込んだ、アメリカ的なエンターテインメント性の強い、富裕者層から寄付を募ることが主眼のイベントです。NVVの会員ワイナリーが、特別に瓶詰めした極少量生産のワインをオークションに無償で提供し、それを米国人が中心となった参加者が競るのですが、米国人には寄付金控除による所得税の節税効果があるため、驚くような高額での落札が新聞の見出しを飾ったりします。

 

競売会のチェアマン(会長)は、NVVの会員ワイナリーのオーナーが毎年持ち回りで務める、非常に名誉ある役職なのですが、会長職に着いたワイナリーではその年のオークションの売り上げが前年度を下回らぬよう、会長ロットでは最高級のワインのみならず、落札者と友人たちをワイナリーでのプライベート・ディナーに招待したり、ワイナリー・オーナーが所有するプライベート・ジェットで一緒に旅行する特典をつけたりと、いろいろな手を尽くしています。

 

こうして得られた収益は、1981年から2019年までの累計で1億9千5百万ドル(約214億円)に上り、ナパ・ヴァレーで生活する人々の健康や福祉、子供たちの教育、メキシコ人が主体となっている季節労働者用の住居建設などに使われています。2019年6月初旬に行われた39回目のオークション・ナパ・ヴァレーの落札総額は12百万ドル(約13.2億円)で、過去最高額であった2014年の18百万ドル(約18.3億円)を超えることはできませんでした。

 

オークション・ナパ・ヴァレーにおける1ロットあたりの最高額は、2000年の競売に出品された1992年ヴィンテージのスクリーミング・イーグル6リットルボトルで、50万ドル(約5,400万円)で落札されています。これは現在(2020年3月の原稿執筆時点)でも破られていない、1本のワインに支払われた史上最高金額です。

 

■プルミエ・ナパ・ヴァレー

オークション・ナパ・ヴァレーが富裕層向けの、有名な歌手のコンサートや豪華な食事の付いた、娯楽要素の多いイベントであるのに対し、1997年に始まったプルミエ・ナパ・ヴァレーはワイン流通向けの、オスピス・ド・ボーヌの競売会に近い募金オークションです。イベントは樽熟成中のワインの試飲と、そのワインを瓶詰め後に受け取ることを前提としたオークションからなり、参加できるのは米国内のワイン小売店やレストラン、米国外の輸入業者に限られます。プルミエ・ナパ・ヴァレーの収益は慈善事業ではなく、NVVの活動資金に当てられます。

 

オークション・ナパ・ヴァレーと異なり、NVVのメンバー・ワイナリーがプルミエ・ナパ・ヴァレーに出品するワインは非常に個性的で、通常であれば単体で出荷されることがない、マルベックやプティ・ヴェルドといったブドウ品種100%のワインを瓶詰めしたり、白ワインで有名な生産者が特別に赤ワインを醸造して出品していたりします。

 

ワインは1ロットあたり60~240本で、ラベルには生産者の署名とシリアルナンバーが記載されており、ワインコレクターにとっては垂涎の的です。プルミエ・ナパ・ヴァレーのワインの良いところは、オークション・ナパ・ヴァレーと異なり、価格が現実離れしていないことです。富裕層の消費者が入札するオークション・ナパ・ヴァレーでは、所得税の寄付金控除を念頭に置いた、非現実的な価格が独り歩きしている一方、レストランや小売店での再販を目的とした入札が行われるプルミエ・ナパ・ヴァレーでは、意外にお買い得なワインが見つかります。このことはオークション結果にも表れており、今年の2月に実施されたプルミエ・ナパ・ヴァレーの落札総額は390万ドル(約4.2億円)でした。

 

■ソノマ・カウンティ・バレル・オークション

一度でも北カリフォルニアを訪れれば、誰でもすぐに感じると思うのですが、ナパ・ヴァレーがワイン産地としては洗練された、ウォール街やシリコン・ヴァレーで巨万の富を築いた人たちが趣味が高じてワイン生産に乗り出した感のある、ちょっとキラキラした場所であるのに対し、ソノマ郡は牧歌的な、昔からブドウ栽培をしている農家が住んでいる産地です。日本の輸入業者が訪問すると、ナパ・ヴァレーではジャケットを着た輸出担当者が対応するのに対し、ソノマでは作業服を着たオーナーみずからが待っていてくれる、といったようなイメージがあります。フランスにたとえると、ナパ・ヴァレーがボルドー的なのに対し、ソノマはブルゴーニュ風です。この違いは、両生産者団体が実施しているオークションにも如実に表れています。

 

ソノマ郡のワイン生産者団体であるソノマ・カウンティ・ヴィントナーズ(SCV)が2015年から年に一度、春に実施するソノマ・カウンティ・バレル・オークションは、プルミエ・ナパ・ヴァレーと同様にワイン流通関係者を対象とした先物オークションで、入札希望者に樽熟成中のワインを試飲させ、そのワインを瓶詰め後に受け取ることを前提として競売を行います。プルミエ・ナパ・ヴァレーが、グレイストーンという石造りの歴史的建造物を会場として行われるのに対し、ソノマ・カウンティ・バレル・オークションはブドウ畑の空き地に建設したテントの中で行われ、ファーマーズ・マーケット風です。

 

出品されるワインは1ロットあたり60~240本で、ここでしか買えないような特別なものになっています。たとえば、2019年のオークションにウィリアムズ・セリエム・ワイナリーが出品したのは、2018年ヴィンテージのロシアン・リヴァー・ヴァレー産ピノ・ノワール240本で、これは自社畑産のワインにロッキオリ・リヴァー・ブロックとアレン・ヴィンヤードのものをブレンドした、過去に例をみないものでした。2019年5月に実施されたソノマ・カウンティ・バレル・オークションの落札総額は645,000ドル(約7,100万円)でした。

 

2020年5月30日に実施予定のワイン・オークションには、プルミエ・ナパ・ヴァレーやソノマ・カウンティ・バレル・オークションで落札されたワインが多く含まれており、入札開始価格のほとんどは、もともとの落札価格よりも安くなっています。もう再びつくられることにない、非常にレアなワインとなっていますので、一目見るだけでも、下見会にご来場いただければと思います。

 

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