長男「やっぱり社長を辞めたい」全株式を贈与したあとなのに…

高齢化が進む日本社会。中小企業庁の調査によると、今後10年間で、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業の経営者は、約245万人になると想定されています。「自分もそろそろ引退を…」と考えていても、後継者と思わぬトラブルになる例が散見されています。そこで本連載では、『〈4訂版〉税理士が見つけた!本当は怖い事業承継の失敗事例55』(東峰書房)より一部を抜粋し、令和時代の「事業承継」について、辻・本郷 税理士法人の楮原達也氏が解説します。

全株を長男に渡してから「自信がない」と伝えられた

【事業承継税制を適用するのが難しいケース】

 

私(創業者)には、30代の長男と20代の二男の2人の子供がおり、2人とも会社の取締役に就任しております。

 

事業承継税制が緩和されたこともあり、また、長男も取締役となって5年経ったので、これを機に私が代表取締役を辞任し、二代目社長として長男を指名しました。また、私が100%保有していた自社株については、改正後の事業承継税制に基づく生前贈与により、全株を長男へ贈与しました。

 

長男が経営を引き継いで数ヶ月たちましたが、本人から経営を続けていく自信がない、代表取締役を降りたいという申し出がありました。社内でも、私が代表を降りて長男に経営権の全てを渡したことに不安を感じている声も聞こえてきます。

 

ただ自社株については、事業承継税制による贈与をしているため、今、長男が代表を降りると納税猶予した贈与税全額を負担しなければなりません。

 

適用時は要件を満たしていたはずだったのに…
適用時は要件を満たしていたはずだったのに…

 

【×失敗のポイント】

事業承継税制による相続または贈与は、一度適用すると後戻りができません。また、後継者の代表権は相続または贈与をしてから5年間は継続することが要件となっており、最低でも5年は社長業を継続する必要があります。後継者が贈与の後に代表の辞任や自社株の売却等をしてしまうことでせっかく猶予されていた税額をその時点で納付しなければならないことになります。

 

本件では、後継者が会社を継ぐ意思をしっかり把握せず、また、自身が代表を退くことの従業員等周りへの影響を熟慮せず、贈与を実行してしまったことが失敗のポイントです。

 

【〇正しい反応】

後継者へ自社株の贈与をする際に事業承継税制を適用する場合には、財産権とともに経営権も渡す必要(創業者の代表辞任と後継者の代表就任がセット)があります。そのため、実行に際しては、会社の経営状況、会社関係者(取引先や従業員等)への影響、後継者の資質や心情などを熟慮した上で慎重な判断が求められます。

 

改正後の納税猶予制度は、2027年12月31日までの贈与または相続に対して適用されるため、その期間を有効活用し、その間で贈与のタイミング=経営権の委譲を検討した方がよいのではないかと思われます。

「事業承継税制」の適用が難しいケースもある

事業承継税制は、2018年度税制改正により大幅に要件等が緩和され、経営者の自社株の相続がしやすくなったといわれております。ただし、適用時に要件を満たせば免除されるわけではなく、適用後も納税が猶予されている状態が続き、その後に適用要件を満たさない事象があった(後継者が株式を手放す等)場合にはその時点で猶予されている税額と利子税といわれる利息相当分を納付しなければならない制度になっております。

 

また、贈与または相続により自社株が承継された後は後戻りできません。後継者に贈与した株式を買い戻すなどした場合は、納税猶予額の納税と買い戻しによる譲渡税等が生じる可能性があり、むしろ贈与前よりも多額の納税が生じる可能性があります。

 

そのため、事業承継税制を活用した贈与を行う場合には、将来的にも適用要件を満たすことを想定すべきです。現時点において事業承継税制の適用が難しい場合には、2027年12月31日までの期間があるため、すぐに適用するのではなく課題をクリアした上で適用を検討すべきであると考えます。

 

◆事業承継税制の適用が難しいとされるケース

 

事業承継税制の適用が難しいとされるケースを次にまとめました。特に③や⑧については、会社の問題というよりは、個人の相続問題が関連するため、将来的な遺産分割のバランス等も検討の余地があるかと思います。

 

① 後継者が不在 ⇒  M&A、役員・従業員への承継

② 一族で議決権の過半数を保有していない(株式が分散している)

③ 親族等における遺留分の問題がある

④ 代表取締役を退任したくない

⑤ 後継者の経営力に不安がある

⑥ 特例期間内(2027年12月31日まで)に事業承継ができない

⑦ 資産管理会社に該当する会社(ex.上場株式の持株会社、不動産賃貸会社)

⑧ 株式を子供達に均等に承継したい場合 ⇒ 後継者は無税、その他は課税

「息子が突然会社を辞めて家を出ていった」背景には…

先日、ご相談があったお話です。

 

お客様から会社を清算したいということでお話がありました。その理由は、十数年前にご子息を後継者として事業承継を行ったのですが、突然そのご子息が会社をお辞めになり、家を出ていってしまったそうです。

 

社長としましては、現在は歳も70を超え、後継者もおらず、そろそろ引退したいので会社を清算したいというお話でした。また、ご子息が会社に入ったことで給料も大幅に下げ、事業の引き継ぎをしていたのですが、ご子息にとっては入社してすぐに社長業への対応に迫られたことや会社経営に対する責任感に耐えられなくなったようなのです。

 

最近は、現社長が会長になり、後継者(例えばご子息)が社長になることで、現社長が完全に現役を退く前に、後継者に社長業の教育をするというのはよくみられるようになりましたが、とてもよいことだと思いますし、私もクライアントにはそのようにおすすめしています(私の場合、事業承継税制の適用を受けないのであれば、会長でも代表権のある会長になることをおすすめしています)。

 

また、現社長が会社を大きくした時期には、現社長を支え、会社のために一生懸命に働いてくれた社員が複数いたのではないかと思いますが、後継者にとってのそういったいわば番頭格の人材育成を併せて行うことができれば、よりスムーズな事業承継が期待できます。

 

急に社長業をやれと言われても、その心構えや経営・マネジメントに関する知識等がなければ社長業は務まらないと思います。

 

何事もそうですが事前準備が大切、というのは事業承継に限ったことではありません。急がずじっくりと人の承継を行っていくのも一つの方法だと思います。

 

楮原 達也

辻・本郷 税理士法人 執行理事

 

辻・本郷 税理士法人 執行理事(法人ソリューショングループ担当)

1993年、税理士登録。2002年、辻・本郷 税理士法人に入社。現在、執行理事(法人ソリューショングループ担当)。

上場企業・中堅中小企業の法人税務顧問から、事業承継・資本政策等に関するコンサルティング業務まで、幅広く行っている。また、金融機関等におけるセミナー講師も数多く勤め活躍している。

著者紹介

連載税理士が見つけた!本当は怖い事業承継の失敗事例55

〈4訂版〉税理士が見つけた!本当は怖い事業承継の失敗事例55

〈4訂版〉税理士が見つけた!本当は怖い事業承継の失敗事例55

楮原 達也

東峰書房

高齢化が進む日本社会。今後10年間で、70歳(平均引退年齢)を超える中小企業の経営者は、約245万人になると想定されています。 事業承継が上手くいかないことは、事業所の減少、ひいては働く場所の減少へとつながりかねま…

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