ブルーライン延伸で地下鉄の終点となる「新百合ヶ丘」
1月21日、横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸ルートが決定し、2030年の開業を目指すことになった。これで「あざみ野」駅から小田急線「新百合ケ丘」駅までの約6.5キロが結ばれることになる。
開業すれば、川崎市・横浜市の南北移動がより強化され、「新百合ヶ丘」~「新横浜」間は10分弱短縮される。今までバス便しかなかったエリアに誕生する地下鉄のインパクトは大きい。ブルーラインの新たな終点となる「新百合ヶ丘」駅は、快速急行などの速達列車が停まるほか、一部の特急ロマンスカーも停車し、「新宿」へは平日通勤時間帯で30分弱と好アクセスだ。東京のベッドタウンとしても人気が高いが、街の歴史は新しい。
新百合ヶ丘が位置するのは、川崎市の西北端にある麻生区で、1982年に多摩区より分区した新しい区である。その中心となるのが「新百合ヶ丘」駅だが、開業は1974年。小田急電鉄多摩線開通に伴うもので、その前年、川崎市は「新百合ヶ丘」周辺を北部副都心と位置づけ、区役所などの公共施設、百貨店、映画館など様々な商業施設が充実する近代都市としての開発を行う計画を作成した。
当初、「イオンスタイル新百合ヶ丘」が建つところには西武百貨店が、「新百合丘OPA」が建っているところには西武グループのホテルができる予定だったが、バブル崩壊で西武セゾングループが不振に陥り、1994年に進出を撤回してしまう。その後、「イトーヨーカドー 新百合ヶ丘店」が入る「新百合ヶ丘エルミロード」と、「イオンスタイル新百合ヶ丘」となっている「新百合ヶ丘サティ・ビブレ」が完成してから、商業地としての存在感が急激に増していった。
また大きな街でありながら駅周辺では風俗営業を禁止しており、パチンコ店は駅周辺に1店のみ。
さらに駅周辺には「昭和音楽大学」や「日本映画大学」といった教育機関、芸術拠点である「川崎市アートセンター」と、アート関連の施設が点在する。新百合ヶ丘周辺は川崎市の「芸術の街構想」の中心地として整備が進められてきた。「しんゆり・芸術のまち」としての地域ブランドが確立し、毎年11月に行われる市民参加型の映画祭「KAWASAKIしんゆり映画祭」は、その象徴的イベントだ。
元々、川崎市では「新百合ヶ丘」から「川崎」に至る、川崎縦貫高速鉄道という構想があった。2000年には、2015年までに開業すべき路線に位置づけられていたが、その後、紆余曲折を経て、2015年度をもって計画中止となってしまう。ブルーラインの延伸はこの構想とは違うが、川崎市の南北交通を充実させるものとして期待が高まっている。
「新百合ヶ丘」…中古マンションの9割が家族向け
新しい街であり、さらに地下鉄の建設に伴い、利便性の向上が見込まれる「新百合ヶ丘」だが、不動産投資の観点で見ると、どのようなエリアなのか、分析していく。
まず直近の国勢調査(図表1)を見てみる。日本全体で人口減少が始まり、全国2位の人口を誇る神奈川県でも0.9%増にとどまるなか、川崎市の人口増加率は3.5%と顕著に推移している。そのなかで麻生区の人口増加率も3.3%と、市の平均の近似値を示しており、安定的に人口が増えているエリアである。
その人口構造を見てみると(図表2)、麻生区は15歳未満と65歳以上の人口が川崎市の平均を上回る。前述の通り、「新百合ヶ丘」周辺は風俗営業を禁止していることから、パチンコ店などがほとんど見られない。良好な子育て環境により家族層の流入が増え、15歳未満の若年層が厚くなっているのだろう。一方、街の開発が加速した90年代後半に流入してきた層は、現在、ちょうどリタイアを迎える時期となり、高齢化も加速していると考えられる。
さらに世帯数や単身者世帯率(図表3)を見ると、川崎市の平均と比べて、麻生区の単身者層は10ポイント近く低い。新百合ヶ丘に代表される良好な子育て環境により、家族層に支持されるエリアだということが垣間見られる。
次に住宅事情を見てみよう。麻生区の賃貸住宅における空室率(図表4)は6.6%と、川崎市の平均を1%近く下回る。さらに賃貸住宅の建設年の分布(図表5)をみてみると、「新百合ヶ丘」駅が開業した1970年代、商業地としての開発が加速した2000年代の物件が、川崎市の平均を大きく上回っている。特に築年数の新しい物件が豊富なことが、空室率の低下につながっていると推測される。
駅周辺に絞って見ていこう。麻生区では1世帯あたりの人数が2.37人に対して、「新百合ヶ丘」駅周辺では、2.24人と低下(図表6)。小田急線快速急行が停まり、新宿まで30分弱という利便性のため、新百合ヶ丘周辺は単身者にも選ばれているのだろう。
続いて直近の中古マンションの取引から、駅周辺の不動産マーケットの状況を見てみる(図表7)。1平米当たりの平均取引価格は57万円と、麻生区平均より15万円弱高い。新百合ヶ丘は、麻生区はもちろん、川崎市北部を代表する商業の中心地であり、不動産価格は周辺よりも高くなっている。
また取引されている中古マンションの種類を見てみると(図表8)、調査時は単身者用の物件はなく、家族向けの3LDKが7割で、4LDKを含むと9割を超える。「新百合ヶ丘」周辺では昨今の不動産投資の主力である単身者向けのマンションはほとんど取引されておらず、平米数の広い家族向けの物件が主力となる。これは駅周辺の平均取引価格を押し上げている要因とも考えられる。
地下鉄延伸ルートで人口増加が見込まれているのは…
麻生区の将来人口の推計を見ていこう(図表9)。麻生区では2030年をピークに人口減少が予測されているが、2015年を100とした際、2030年に104.4、2040年に103.1と減少スピードは緩やかだ。
「新百合ヶ丘」駅周辺の将来人口推移をメッシュ分析で見ていく(図表10)。黄色~橙で10%以上、緑~黄緑0~10%の人口増加率を表し、青系色で人口減少を表すが、駅周辺は暖色が広がっている。一方で、駅から少し離れたエリアでは人口減少を示す青系色も目立つ。新百合ヶ丘周辺はその名の通り、丘陵地域で坂が多い。駅周辺の利便性の高いエリアにはこれからも人口流入は続くが、少し離れたところは、その利便性から高齢者を中心に人口流出が続くのだろうと推測される。新百合ヶ丘で不動産投資を考えるのであれば、駅周辺に限定することが第1条件となりそうだ。
最後に、先ほどのメッシュ分析で、横浜市営地下鉄ブルーラインが延伸されるエリアを見てみよう(図表11)。前出の通り、「新百合ヶ丘」周辺は人口増加を示す暖色系、また「あざみ野」駅周辺も同様だ。一方で、延伸ルートほぼ全域で人口減少が予測されている。しかし地下鉄延伸への期待感、そして実際に開業した際は大きく利便性が向上することから、人口動態の予測は大きく変化し、それに伴い、不動産価格も影響を受けるだろう。
東京近郊では、交通インフラの整備について色々と青写真が描かれているが、人口減少、都心回帰の流れが加速するなか、実際に実施に至ることは数少ない。そのなかで、実現に向けて前進した横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸計画。不動産投資の観点でも注視していきたい。