国が「上から目線で」解決図る介護問題…医学博士の本音

本記事は、2017年5月30日刊行の書籍『病院崩壊』(医学博士・吉田静雄氏著)から抜粋したものです。その後の法令等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

厚生労働省が進める「地域包括ケアシステム」への疑念

少子高齢化が本格化する2025年をにらみ、「地域包括ケアシステム※1」の構築が国を挙げて進められています。厚生労働省は、地域包括ケアシステムをつくることで「可能な限り住み慣れた地域で、自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう」にするとしています。

 

※1 重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を実現していく試み。

 

国は地域の人々の健康を守るために、医療機関の急性期、慢性期、回復期医療、在宅医療までの、医療、介護を切れ目なく実行できるシステムを考えています。その一環として、有床の診療所と病院に病床機能の報告を毎年求め、データを集めています。

 

戦後の病院が少ない時代には、それこそ「在宅(医療)」が中心でした。その後、時代の要請に応えて近代化した病院治療をするために、都道府県や各市区町村が競い合って自治体病院の建設を進めた経緯があります。

 

一方、民間病院は、自治体にはない自由な発想で、地域に寄り添いながら病院や診療所、介護施設の建設を進め、現在の提供体制ができ上がりました。引き続き地域包括ケアシステムの構築を進める必要があるのは明らかで、すでに各地方都市ではそういった試みが行われてきています。しかし、システムを作り上げるには地域の医療と介護の連携が不可欠です。実際、長年医療の現場を見続けてきた立場からすれば、国のような上からの目線だけではこうした連携は難しいというのが、わたしの考えです。

 

国の考えている医療法人の連携は、株式会社のような形態を考えているとしか思えない節があります。たしかに医療法人の連携は共同購入や人事交流、病床再編など、うまくいけば多くのメリットがあります。また、院内の不採算部門の廃止も視野に入ります。

 

しかし、病院は株式会社のような営利法人やM&Aのような吸収合併とは異なり、「ガバナンス」の問題が非常に難しいと言わざるを得ません。各病院ごとに「統治」の仕組みはさまざまで、病院組織を一つにまとめていくことは極めて難しいのです。

「特別養護老人ホーム」の存在意義は何か

わたしが以前に『兵庫県民間病院協会会報』(2016年1月号)に書いたことですが、地域包括ケアシステムを考える上では、介護施設のあり方についても考える必要があります。

 

特別養護老人ホーム(特養)への入所を待つ待機者は全国ベースで30万〜40万人に上ると新聞、テレビ等で報道されています。

 

しかし実際には一人で4〜5か所も申し込みをしているケースが多いにもかかわらず、自治体や国はそれらを含めて待機者をカウントしているという話もあります。だとすれば、実際の待機者は報道ベースの4分の1以下程度かそれを割り込む可能性があります※2

 

※2 2016年度の厚生労働省の集計を基にした新聞発表では、特養の待機者は36万600人とのことでした。以前の報道から少し減っているので、数え方を変えたのかもしれませんが、未だ重複している感は否定できません。また、数字の差は、要介護度1、2の人を入所できないシステムにした事も影響しているのではないかと考えられます。

 

病院や老人保健施設(老健)では、長期間の入院・入所が難しく、通常の有料老人ホームでは費用が高くつきます。そのため、安くて長期入所が可能な「特養」に希望が殺到していることも理解できます。生活保護受給者などで、家を失い、本当に「特養」が必要な人はもっと少ないのではないでしょうか。

 

人は誰でも、できれば自宅に住みたいと思っているはずですが、それができないのは、介護をしてくれる人、頼る人がいない、またはいなくなったのが主な理由でしょう。

 

国は今、地域包括ケアシステムの名の下に、「在宅」復帰を盛んに進めています。しかし、なぜか「特養」からの在宅復帰は具体的に進めていません。

 

さらに要介護度1、2の人は「特養」に入れなくなりました。要介護度3、4の人が元気になり、在宅復帰できるようになれば理想的ですが、現場の話では、要介護度は現状維持か、悪くなる人がほとんどで、在宅復帰する人は99%いないそうです。

 

わたしは、現在の入所者にリハビリテーションを提供して身体機能を回復させるよりも、何もしないで自然に歩けなくなる、食べられなくなることを待つほうが、「特養」にとっては都合がよい、というインセンティブが働かないかと危惧しています。

 

もちろん、「特養」では入所者を元気にするためにいろいろな行事を行っていると思いますが、現実には99%は自宅に帰らないそうです。入所者は誰もが元気になり、自立することを望んでおり、寝たきりになることを望む人はいないはずです。

 

まれに「特養」から「老健」に戻る人もいます。また病気になり、病院に入院するようになれば、その人のベッドは、3か月は空床のままにして帰るのを待っているそうです。その費用は施設の負担とのことです。

老人保健施設などの既存の施設を有効活用せよ

「特養」は在宅なのか療養施設なのか区分がはっきりしていません。病院からの「特養」入所は、在宅復帰とみなされていますが、なぜか「老健」からの入所では在宅復帰とはみなされません。

 

介護保険と医療保険で「在宅」の考え方が異なるのは理解しがたいところです。特養から自宅へ帰る人が99%ないのですから、特養も「在宅」として考えても良いのではないでしょうか。逆の発想で同じ介護施設であるのに、「老健」ではリハビリ等により、元気にして自宅に帰すようにしているのですから、「特養」でもこういったインセンティブが働くようにできないものでしょうか。そうすることにより、入所者に希望が生まれ、また、自宅のない人は、それなりの施設に入所できるようにすればよいのです。

 

多額の税金をつぎ込んで、これ以上「特養」をつくる必要が果たしてあるでしょうか。「老健」でも、少し油断をすれば空きベッドができます。デイケア、デイサービスも然りです。

 

県、あるいは市区町村単位でも、「特養」はできるだけ少なくして、既存の「老健」やデイケア、デイサービス、ケアハウスのような施設をもっと有効利用してはどうでしょうか。高齢者専用賃貸住宅もその中に入るでしょう。

 

そして高齢者を寝たきりにさせないように、もっと強力に「予防医療」にも力を注ぐべきです。健康保険もそのための費用を惜しんではならないと思います。わたしは外科医として働いてきて、後期高齢者になりましたが、自分を含め、高齢者にはもっと元気になってほしいと思っています。

 

既存の施設を利用する手はないのか?
既存の施設を利用する手はないのか?

「多死社会」を迎える日本…国の考えは何か

地域包括ケアシステムを考える上で外せないのが「在宅医療」の推進です。在宅医療を担う医療機関の大切な役割の一つが患者の人生の最期、看取りに対応することです。

 

高齢化に伴って日本はこれから「多死社会」を迎えます。特に都市部では死亡者数が大幅に急増するとみられ、病院だけでそれに対応するにも限界があります。在宅医療の受け皿の整備を急がなければなりませんが、これが思うに任せません。一体なぜでしょうか。

 

今から20年以上前、わたしが専門誌で指摘したのが、在宅医療を推進することで家族の負担が増える点です。それによって家族が仕事を辞めるケースが増えたら、労働力が減り、国の経済に影響します。

 

安倍政権は今、「1億総活躍社会の実現」をスローガンに掲げ、介護離職をゼロにするための政策を次々と打ち出していますが、あまりうまくいっていません。

 

◆在宅介護の可能性

 

在宅介護にもそれなりに費用がかかります。行き過ぎれば施設利用よりもはるかに費用がかかるはずです。

 

少し考えても、要介護者50人を1人ずつ在宅でカバーするよりも、一つの病棟で対応するほうがはるかに効率的なはずです。しかも、要介護者を自宅で介護するのは素人である家族が中心です。家族の介護費用も見込む必要があります。

 

短時間の訪問介護だと実施できるサービスは限られるので、身体機能を維持するためのリハビリテーションや体位変換も不十分になりがちです。実際、寝たきりになり、また手足が強直し、褥そう(床ずれ)がひどくなってから病院に担ぎ込まれるケースも後を絶ちません。そのための治療に医療費がかえってかかってきそうですが、国はそうした具体的なデータを出していません。その上、これからは家族の介護すら見込めない高齢者の独居世帯が増えるとみられています。

 

在宅医療に切り替えることでコスト削減をどれだけ見込めるのか、実は当の財務省も肝心なところが見えていないようです。

 

財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が2016年10月に開いた会合では、複数の委員が「(入院患者が在宅医療に移行することで)実際には医療費がどのくらいになるかという辺りの推計がまだ示されていない」「病院を出ていってもらうことで医療費が削減されるということをもってのみ、医療費が抑制されるということになってしまう」などと指摘しました。

施設医療と在宅医療のバランスを考えることが最も大切

車や交通機関が発達していなかった戦前は、「在宅医療」が中心でした。しかし、現在の医療制度をその時代に戻すことは無理です。とはいえ、高齢化が進む中、施設医療と在宅医療のバランスを考えることは必要です。どちらも行き過ぎてはうまくいきません。

 

わたしがそう考える理由の一つが、「死に場所」の確保の問題です。そして、広い意味では透析医療を受けている在宅患者へのサポートも深刻な課題です。

 

糖尿病が悪化して透析が必要になる高齢者が増えていますが、独居や高齢者のみの世帯では透析のために通院することすら難しく、命に直結しかねません。この点では透析医療を行う全国の医療機関がおそらく頭を悩ませているでしょう。

 

全国在宅医療会議が2016年8月に開いた初会合では、科学的なデータに基づいて在宅医療を推進する重要性が強調されました。そのために医師や研究者、訪問看護師といった在宅医療の関係者による協力態勢をつくり、エビデンスの蓄積を進めるとしています。

医療法人中央会尼崎中央病院 理事長・院長

医学博士。1930年生まれ。
1955年に大阪大学卒業後、フルブライト交換留学生として訪米。
インターン外科レジデントとして5年間米国留学。
帰国後、1965年より大阪労災病院にて外科医として勤めた後、1975年からは大阪厚生年金病院(現・JCHO大阪病院)にて外科部長として勤務。
1985年、叔父の経営していた医療法人中央会尼崎中央病院理事長・院長に就任。
その後も全日本病院協会常任理事・監事、日本医療機能評価機構評議員、兵庫県私立病院協会(現・兵庫県民間病院協会)理事・副会長などを歴任。
日本外科学会専門医、日本外科学会指導医、日本消化器病学会専門医、日本医師会認定産業医、麻酔標榜医。

著者紹介

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吉田 静雄

幻冬舎メディアコンサルティング

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