「占有移転禁止の仮処分」の手続で先手を打つ!
さて、このような事態になったときのために「占有移転禁止の仮処分」という法的手続があります。
「占有移転禁止の仮処分」とは?
裁判所の執行官が、建物現地を確認したときに、その建物に居住していると思われる人物を特定。もし建物明渡の強制執行時に別の第三者が居住していても建物明渡の強制執行が可能。
建物明渡の強制執行のときに、債務名義を取った人物とは、全く関係のない人物が建物に居住していたとしても、事前にこの法的手続を取っておくことで、強制執行が可能となるのです。
現段階で、私がとりあえず把握していますのは、借主Y、KY、TT、KHの4名と、いつも玄関先で応対する茶髪男性の合計5名です。なお、茶髪男性は、ポストに郵便物が届いているKY、TT、KHのうちのどれかである可能性が高いのですが、全く別の人物である可能性も考え、合計5名としました。
「現在、借主Yは建物の家賃を滞納中だが、この建物にはこの合計5名が居住しており、その特定が困難である。建物明渡の強制執行時には、また別の第三者が居住している恐れがあるため、現在の居住者を特定して欲しい」という内容の占有移転禁止の仮処分を管轄の裁判所へ申し立てしますと、裁判所はこれを認め、裁判所の執行官の現地調査(=占有移転禁止の仮処分執行)の結果、この建物に居住している人物は「借主Y、KY、TT、KH」の4名とされ、「仮処分調書」[図表1]が発布されました。
これで今後の建物明渡の強制執行の催告時、債務名義とは関係のない人物が居住していたとしても、強制執行ができます。このように、家賃を長期滞納しているにもかかわらず、建物の居住者が、勝手に変更される、もしくは増えていく可能性がある場合には、占有移転禁止の仮処分の手続をとるようにしています。
こういったケースは1年に1回か、多くても2回くらいです。稀にこういうことが起きるため、滞納家賃の請求のために訪問したとき、ポストの中を確認する作業を続けることはとても大切です。
連帯保証人が滞納家賃支払いを拒んだワケ
さて、占有移転禁止の仮処分の手続が完了しますと、あとは前回のケースと同じ流れです。今回の建物明渡請求と滞納家賃請求の民事訴訟の被告は、先述の仮処分で特定された4名と、連帯保証人Hです[図表2]。
今後の滞納家賃の回収ですが、借主Yは、債権回収会社からの請求書が届いているため、あちこちで借金を抱えている可能性が高く、回収の見込みは薄いと予測します。一方、連帯保証人Hは、大手企業に長年勤めており、また自宅も所有しているため、連帯保証人Hに対する債務名義さえ取得すれば、回収の可能性は高いでしょう。
そうして、裁判所に民事訴訟を提起して、1ヵ月後のある日、見慣れない弁護士事務所からの郵便物が当社へ届いたため、何かと封筒の中身を確認しますと、連帯保証人Hの破産開始手続開始の通知書です[図表3]。連帯保証人Hの収入から考えますと、今回の建物の滞納家賃は、決して大きな金額ではないにもかかわらず、連帯保証人Hが、頑なに滞納家賃を一度も支払わなかったのは、連帯保証人H自身も、経済的に、相当苦しかったからでしょう。
民事訴訟の結果ですが、被告となっている5名は、何の答弁もせず、また第1回目の口頭弁論も無断欠席したため、口頭弁論は結審となり、当社の主張をそのまま認める判決が言い渡されました。なお、訴訟進行の途中、警察から当社へ「借主Yが借りているこの部屋の中を調べたい」との連絡があり、話を総合すると、おそらく、この建物が犯罪を行うグループの事務所として使われていたようです。
判決言い渡し後は、建物明渡の強制執行を裁判所へ申し立て、建物の明け渡しは完了となりました[図表4]。
そして、建物明渡完了後のある日、連帯保証人Hの破産管財人から当社へ簡易配当の通知が届きました。連帯保証人Hの支払債務は約3600万円で、当社の債権が約90万円です。支払債務約3600万円のうちから、連帯保証人Hの債権者たちへの配当金額は約70万円です。その配当金額約70万円からそれぞれの債権の割合に応じて配当されます。結局、当社への配当金額は約1万円となりました[図表5]。
連帯保証人Hは、これで免責となります。あとは借主Yからの滞納家賃の残金の回収です。
しかしながら、借主Yの住民票は、実家に住所を移した後、全く動きません。試しに、借主Yの実家を訪問してみたのですが、連帯保証人Hからも、借主Yの母親からも「借主Yとはもう縁を切りました。何年も連絡をとっていないから、行方はわかりません」と、家族からも見捨てられた状況です。現在、借主Yが、どこで何をしているのかはわかりません。借主Yの滞納家賃回収に向けて奮闘していますが、残念ながらいまだに回収の見込みはありません。
今回のように、建物を訪問して、借主とは全く関係のない人物が居住している、また今後、建物内に関係のない人物が増えていくことが予想された場合は、占有権移転禁止の仮処分[図表6]という法的手続の利用をおすすめします。