年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、父の介護をした側としなかった側の間で起きた相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

父の介護をする長女から、ある日1通の手紙が……

相続トラブルは、起きやすいパターンがあります。その1つが、「介護をした側と、しなかった側との争い」です。今回はご紹介するのは、そんな相続トラブルに巻き込まれたAさんの話です。

 

Aさんは、父、母、姉の4人家族。小さなころから長男として意識し、「この家を守るのは自分だ!」と考えていたといいます。大学進学を機に上京し、東京に本社がある会社に就職しましたが、いずれ、両親が高齢になった際には、会社を辞めて地元に帰る心づもりでいました。

 

一方、姉は高校卒業後に地元に会社に就職。実家を離れて一人暮らしを始めたものの、毎週末には実家に帰り、なかなか親離れができない状況にいたといいます。

 

Aさんは、30歳前に結婚。一男一女をもうけ、一家の大黒柱として忙しい毎日を過ごしていました。そんなある日のこと。姉から一本の電話が。

 

「お母さんが倒れたの」

 

Aさんが駆け付けたときは、すでに息を引き取っていました。長年連れ添ったパートナーの急な死で憔悴しきった父の姿に、Aさんも長女も声をかけることができなかったといいます。そして、母の急死をきっかけに、父は急激に老け込んでいきました。そしてある日、実家の階段で転倒。それがきっかけとなり、介護が必要になりました。

 

骨折を機に寝たきりに
骨折を機に寝たきりに

 

長女「あなた、こっち(地元)に帰って来られないの?」

 

以前から「親が高齢になったら地元に帰ってくる」「自分は長男だから、この家を守る」というAさんの言葉を、長女は幾度なく聞いていました。日に日に年老いていく父の姿を見ていた長女は、何も行動を起こそうとしないAさんに、不信感を抱いているようでした。

 

Aさん「父さんの調子が悪いことくらい、わかっているよ。でも、こっちだって、会社ではそれなりのポジションで、急に辞めることなんてできないし、年齢も年齢で、地元に帰っても転職先なんて簡単に見つかるわけないし、子どもも、来年は受験で、今は大切な時期だし……」

 

Aさんが地元に帰ることがかなわない事情を話していると、長女が大きな声でいいました。

 

長女「何いっているのよ。そんなこと、うじうじいっていたら、こっちになんて帰って来られないじゃない。言い訳ばかりしないでよ!」

 

Aさん「言い訳なんかじゃないよ。姉さんこそ、結婚せずに、実家の近くに住んでいるんだから、俺が帰って来られるようになるまで、父さんの面倒くらい見られるだろ!」

 

長女「あんた、介護がどれだけ大変か、わかっている? いまだってヘルパーさんに来てもらって、何とかやっているのよ。結婚してないから、介護ぐらいできるだろ? 私だって、働いているの。簡単に仕事だって辞められるわけじゃないの!」

 

2人の口喧嘩はしばらく続き、平行線のまま。この言い争いを機に、Aさんと長女は、ほとんど口をきかなくなりました。

 

それからしばらく時が経ち、Aさんは地元に帰れる目途がつきました。そのことを知らせようと実家に電話をしたところ、誰も電話に出ません。何度も何度も電話をしても、誰も出ません。いつもなら、本人か、ヘルパーさんが出てくれずはずなのに……。不安になり、実家の近所の知り合いに電話をしたところ、衝撃の事実が判明したのです。

 

「おじさんなら、この前、介護施設の入居が決まったって……」

 

「そんなこと、聞いてない……」。急いで長女に電話をしました。何度かかけたところ、やっと長女が電話に出ました。

 

Aさん「おい、父さんが介護施設に入ったって、どういうことだ!」

 

長女「いきなり、何を怒っているのよ。もう自宅で暮らすのも大変になってきたから、介護施設の入居を決めたのよ」

 

Aさん「勝手なことするなよ! 地元に戻れるよう、色々と根回しをしてきたのに、全部パーじゃないか!」

 

長女「知らないわよ、そんなこと。あんたがダラダラしているからでしょ。大丈夫よ。あんたにお金を出してなんていわないから。私が全部工面したから!」

 

またまた、2人は大喧嘩。長女とはまったく音信不通になりました。Aさんはしばらく、介護施設を通して、父の状況を聞いていました。しかし、ある時から介護施設は何も教えてくれなくなったのです。

 

「お父さんの契約者はお姉さんなのですが、弟さんから何を聞かれても答えてくれるなと……」

 

長女がすべて仕組んだことでした。父の状況がまったくわからなくなってから、しばらくして1通の手紙がAさんのもとに届きました。姉からでした。それは「父は遺産のすべてを長女に渡すという遺言書を作成した/父の介護をしてないAさんに、遺言は1円たりとも渡さない/すべては、Aさんの自業自得……」という内容でした。

 

「ふざけるなよ、全部自分勝手に進めたくせに!」

 

長女から手紙をもらったAさん。なんとか長女と話し合いの場をもてないか、と働きかけていますが、まだ実現していないようです。

遺留分減殺請求は遺留分の侵害を知ってから1年以内に

今回の事例では、介護をした側は、しなかった側に大きな不公平感を覚え、さらに事例のお父さんは存命に関わらず、すでにトラブルに発展しています。長女は遺言書をたてに、Aさんに相続放棄を迫っていますが、生前の相続放棄は無効なので、実際に相続放棄を行うのであれば、相続発生後、3ヵ月以内に家庭裁判所に申し立てることになります。

 

Aさんにとって、非常に不利な遺言書ですが、ここで問題です。遺言書に書かれた内容は、変更することはできるでしょうか?

 

正解は「相続人全員が同意をした場合には、その内容を変更することが可能」です。今回の事例であれば、相続が発生した後、「わかったわ、2人で遺産の分け方を話し合いましょう」と長女がいえば、お父さんが書いたという遺言書は無効になるわけです。

 

しかし、「相続人全員の同意」が必要なわけなので、一人でも反対すれば、遺言書の内容を変えることはできません。Aさんが不利な状況が好転するとはいえないでしょう。

 

もしAさんがこの遺言書を不服に思い、「相続放棄なんてしない!」というのであれば、遺留分を請求することになるでしょう。

 

遺留分とは、「残された家族の生活を保障するために、最低限の金額は相続できる権利」のことをいいます。遺留分がどれくらいかというと、法定相続分の半分です。

 

遺言書をあけたら、自分に相続される金額が遺留分以下だった(=この状態を、遺留分が侵害されている、といいます)という場合、その金額に達するまでの遺産を取り返すことができます(この手続きを、遺留分の減殺請求といいます)。

 

また、この遺留分という最低保障されている権利には、有効期限があります。遺留分が侵害されていることを知った日から1年です。1年を過ぎると遺留分の減殺請求はできなくなるので、注意が必要です。

 

 

【動画/筆者が「遺留分」について分かりやすく解説】

 

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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