年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、遺産隠しにまつわる相続トラブルについて、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

遺産分割協議のあとに母が出した、1冊の貯金通帳

相続トラブルには、起こりやすいパターンがあります。今回ご紹介するのは、そのなかのひとつ、「遺産隠し」です。ある幸せな家族に起きた、悲惨な争いを見ていきましょう。

 

その家族は、父、母、長女、次女、長男の5人家族。子どもたちがまだ小さかったときに、父は一念発起、脱サラして夢だったという飲食店を始めました。子どもたちが成人したころには、業態を変えて複数の店舗を経営するなど、成功をおさめていました。

 

長女と次女は、大学入学を機に上京し、そのまま東京で就職しました。一方、長男は、大学進学のために上京しましたが、卒業後は地元に戻り、父の会社に就職しました。いずれは父の会社を継ぐつもりでした。

 

その後、長女と次女は、仕事を通して知り合った男性と結婚し、東京近郊に家を構えました。一方、長男は結婚を機に、両親と同居を始めました。いずれ、長男が実家を継ぐことを考えてのことでした。

 

両親と同居となると、気になるのが、嫁と姑との関係です。しかし、そこはまったく問題ありませんでした。まるで古くからの友人だったかのような仲の良さで、むしろ、父と長男がないがしろにされるような状態だったといいます。「まあ、嫁と姑の仲が悪いより、よかろう」と、父と長男、2人で晩酌をするのがお決まりになっていました。

 

それから月日が経ち、長男が新社長に就任したころ、父が病に倒れました。診断の結果、余命は1年……。「これから、夫婦水入らずの楽しい毎日が始まるはずだったのに」と子どもたちは心配しましたが、「先が見えているんだから、今のうちに楽しまなきゃ」と、父の体が動くうちに、たくさん旅行にでかけ、体の自由がきかなくなってからも、可能な限り、自宅で過ごし、限られた時間を楽しみました。

 

そして余命宣告から1年と3ヵ月が経ったころ、父は天国へと旅立っていきました。

 

「死ぬのは早かったけど、この1年は、本当にお父さんもお母さんも楽しそうで、よかったよね」と長女と次女。両親の姿を近くで見てきた長男も「それが、せめてもの救いだったな」と、安堵していました。

 

葬儀をひと通り終えた後、家族で遺産分割協議を行いました。特に揉めることなく、スムーズに進み、手続きは完了しました。

 

しかし、それで終わりではなかったのです。遺産分割協議が終わって半年が過ぎたころでした。突然、母が、長女と次女のもとを訪ねてきました。手には、大きなボストンバックを持っています。

 

長女「どうしたのよ、お母さん」

 

次女「そうよ、それに、何をそんなに、ぷりぷり怒っているの?」

 

そうなのです。突然、前触れなく上京してきた母は、なぜか終始不機嫌な顔をしていたのです。

 

「A(=長男)と喧嘩でもした?」と長女が聞くと、母が大声で話しだしました。

 

「喧嘩とかじゃないわよ! Bさん(長男の妻)よ。ほんと、あの人には怒り心頭よ。Aが社長になったとたん、社長夫人みたいな顔して。

 

いつも私がご飯を作っていたの。それまで何も言ってこなかったのに、『こんなに味が濃い料理だと、塩分過多で社長が倒れてしまいます』って、嫌味を言うのよ。それに突然、高そうな指輪とか、ネックレスとかして。『そんなに高そうなアクセサリー、どうしたの?』って聞いたら『Aが買ってくれたんです』って。そんな贅沢していたら、会社が潰れちゃうわよ! それに……」

 

相当、言いたいことがたまっていたのでしょう。母の愚痴は止まりません。長女も次女も、まずは母の言いたいことをすべて聞こうと決めました。やっと、言いたいことをひと通り言い終えたのでしょう。ひと呼吸をついたあと、一冊の貯金通帳を二人の前に出しました。

 

この通帳は、なに?
この通帳は、なに?

 

長女「何、これ?」

 

次女「……うわっ、すごい大金が入っているわ」

 

母「これね、お父さんの通帳だったの」

 

長女「えっ!? 話し合いの場では、お父さんの口座は2つあって。そのなかに入っていたお金はきちんと4人で分けたわよね」

 

次女「そうよ。最後に豪遊したから、あんまりお金は残っていないって話だったわ。そんな大金、残っているなんておかしいわよ」

 

母「……本当は、もう1冊、通帳があったの」

 

長女・次女「えっ!?」

 

母「Aが社長を継いで、これから大変なこともあるだろうからと、この通帳はあなたたちには秘密にしておいたのよ」

 

長女「なによ、そんなのヒドイじゃない!」

 

次女「そうよ。それに事情を説明してくれたら、『このお金はいいわ』って拒否していたわ、私」

 

長女「私もそう。秘密にされていたのが、イヤ!」

 

母「ごめんね。少しでも争いになるようなことは避けたいと思ったら、言い出せなくて。でも通帳の名義をAに変えたとたん、Bさんの態度がコロリと変わったの。『このお金は夫婦のお金です』って。あの高そうなアクセサリーだって、このお金から買ったのよ。Aも遠慮して何も言わないし。このお金は、そんなことのために遺したものじゃないのよ!」

 

このあと、姉妹は遺産協議やり直しを申し立てたといいます。

遺言書を残すなら「公正証書遺言」で

「遺産隠し」は、事例のように口座そのものを教えないというケースや、相続人の1人が被相続人の口座から勝手に引き出してしまうケース、不動産などでは評価額を低く伝えてしまうケースなどがあります。

 

遺産隠しを突き止めるのは大変です。遺産分割協議書にサインをしてしまっていれば、それを覆すのは大変ですし、さらに疑念のうえ、弁護士を立てて争うようなところまで発展すれば、家族仲の修復は、まず無理です。だからこそ、残される家族のことも考えて、遺す側は、きちんと遺言書を作成したいものです。

 

現在、日本人の10人に1人が遺言書を作っています。

 

遺言書には、大きく分けると2種類あります。作るのに手間とお金がかかりますが、法的な効力が強い公正証書遺言と、誰でも簡単に無料で作れますが、法的な効力が弱い自筆証書遺言です。

 

平成28年度に作成された公正証書遺言の件数は、約10万5千件です。一方で、簡単に作れる自筆証書遺言は、相続が発生した後に、家庭裁判所で検認という手続きをしなければいけませんが、平成28年には約1万7千件の検認手続きが行われました。そして、現在、日本では毎年どのくらいの人が亡くなっているのかというと、その数は約130万人です。

 

公正証書遺言作成者+自筆証書検認=遺言書を作った人、と考え、1年間に亡くなった人が約130万人で割ると、約10人に1人ということになります。

 

遺言書は必ずなくちゃいけない、というものではありません。なくてもなんとかなります。しかし、「遺言書があって本当によかったですね」ということや、「遺言書さえ残しておいてくれれば……」というシチュエーションはたくさんあるのも事実です。特に家族仲が良くない場合は遺言書があったほうが絶対にいいです。

 

筆者の経験からお話すると、遺言書の作成は、手間とお金が掛かっても、公正証書で作ることを強くおすすめします。と、いうのも自筆証書遺言は、非常によくトラブルが起きてしまうからです。これは大袈裟に言っているわけではありません。

 

一番多いトラブルは、遺言書の紛失です。

 

遺言書は、一番信頼できる人に管理をお願いすることが一般的ですが、管理を任された人も人間です。一緒に年をとるのです。相続が起きたときには、管理を任されていた人が先に亡くなっているケースもたくさんあります。または、管理を任された人が認知症になってしまっているケースもあります。

 

紛失以外のトラブルだと「この遺言書に記載がない財産が見つかった場合はこうしてね」という文言がないときもトラブルになります。他にも挙げるときりがないのですが、本当にトラブルが絶えないので、公正証書で作成することを、いつもおすすめしています。

 

 

【動画/筆者が「遺言書の基本」を分かりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

 

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